第3話

「なんでしょうか?」

 取材に行こうしていた胡桃は、突然の堂城からの呼び出しに戸惑う。

 胡桃から、堂城に怒られることは何もしていないのだから。

「黒木。お前確か、先月、渋谷と浜中商事の取材に行ったよなぁ?」

「あぁはい。渋谷さんと一緒に、浜中商事のバニラアイスどら焼きの取材をする為に、浜中商事の工場の方に取材に行きましたけど?」

 黒木胡桃は、渋谷咲の教育係を務めている。

 そんな胡桃は、渋谷の強い要望と「晴海」読者の以前からの強い要望も相まって、先月、浜中商事で販売、製造されているバニラアイスを挟んだどら焼きの取材をする為に、浜中商事の工場を二人で取材した。

「……やっぱりか?」

「あの? それがどうかしたんですか?」

「いやぁ? 今、浜中商事の浜中社長からお電話があって、うちでは、バニラアイスを挟んだどら焼きなんてないって? あるのは、どら焼きの皮にバニラビーズ数滴含ませたバニラの匂いをするバニラどら焼き。黒木、お前、本当に、浜中商事の工場を取材したんだよなぁ?」

「えっと……」 

 堂城の問いかけに、なにも答えることが出来ない胡桃。

 胡桃は、11時から、小泉璃菜と作家の若瀬怜音への単独インタビューの仕事が入っている。

 作家の若瀬怜音は、メディアにほとんど出ず、唯一の素顔が拝めるサイン会も事前の抽選のみで、それどこか、サイン会当時の会場へのスマホ及び撮影器具の持ち込みは禁止。

 そのせいか、一部のファンの間では、若瀬怜音が、男性なのか、女性なのか、もしくは、大人なのか、子供なのか。それどころか、若瀬怜音と言う作家は本当に存在するのか噂するファンまで出てきている。

 そして、なにを隠そう黒木胡桃も、そんな作家の若瀬怜音のファンの一人だ。

 だからこそ、そんな若瀬怜音ファンの不安を解消する為に、ここ半年、ずっと若瀬怜音に「晴海」での単独を取材を申し込み続け、昨日ついに、顔出しをしないことを条件に、若瀬怜音本人から「晴海」での単独取材の了承を得る事に成功した。

「黒木? 今月号で、うちが浜中商事のそのバニラアイスどら焼きを特集してから、店舗には、連日のように雑誌で特集されたバニラアイスどら焼きありますかって、問い合わせや、どら焼きを求めてやってくる客への対応で、店舗の営業にも支障が出始めているって」

「えっと……」

 堂城の天使の笑顔に、胡桃が耐えれず真実を口に出しそうになろうとした瞬間、

「堂城副編集長! 黒木は、何も悪くありません! 悪いは私なんです」

「咲ちゃん!」

 いきなり、胡桃と堂城の間に、渋谷咲が割って入る。

「渋谷! どういう事だ」

「私が、浜中商事の製造工場の工場長さんに、浜中社長を通さずに直接頼み込んで、今月号の「晴海」で、販売前の「バニラアイスどら焼き」を特集させて貰ったんです。本当にすみませんでした」

 咲の言葉に、堂城は怒りを通り越して、無言になる。

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