第42話

「……昴。クロユリありがとう」 

 この言葉を残して、あいつは居なくなった。

 俺は、渚を傷つけた。

 渚は、あの日以降、誰にも自分の心を本当の意味で預ける事がなかった。

 けれど、そんな中俺の事は、友人だと言ってくれた。

 それなのに、そんなあいつを裏切った。

 ヴヴヴヴうヴううヴう

 渚が置いて行った携帯の着信が再び鳴る。

通話画面を確認せずに電話に出る。

「渚! 渚、お前いま…なんて!」

「鳴海坂昴!」

 電話口から聞こえてきたのは…

「…堂城誠也!」

 ☆

 堂城誠也……古閑美緒の情報を集める為に、渚と一緒に晩餐会に招待した駒の一人で、昴が個人的な定期購読している「晴海」を出版している出版社の副編集長。

『…お前、やっぱりさっきのは……そんな事はいまはどうでもいい。そんな事より泉石渚は、今どこに居る! あいつに代われ』

「渚なら、本当に居ませんよ?」

『嘘をつくな!』

 電話口から聴こえる怒号に、昴は、渚が堂城に電話したのだとすぐに解った。

「…堂城さん。渚は、貴方になにか言っていませんでしたか?」

 俺に、この仕事を降りろと言ったんだから、堂城にもなにか花言葉で伝えているはず。

 あいつは、一度でも信用した人間には必ず何かしらのメッセージは残すはずだ。

『……ピンクのゼラニウム』

(ピンクのゼラニウム。あいつ、彼にも別れを切り出したのか!)

『……おい。お前たちは…いやぁ、泉石渚は一体何をするつもりだ!』

 俺は、本当の事を言っていいのか?

 俺は……一瞬でもあいつの事を裏切ってしまった。

 そんな俺は、これ以上あいつを裏切ってはいけない……けど、彼、草津千里も助けたい。

「……堂城さんって、柿谷霧矢をご存じですよね? 渚の上司の?』

『そんなそそ奴知らない!』

 電話口から、動揺な声が聴こえてくる。

 証拠に、さっきより明らかに声が震えている。

「…そうですか? あぁ! そう言えばご結婚おめでとうございます」

 思い出したかのように、渚から聴いていた堂城の結婚の話題を本人に語り出す。

『結婚? 何のことですか?』

 何の事なのか、動揺気味だった声が混乱気味の声にいつの間にか変わっている。

「あれ? 七瀬樹利亜さんと近々結婚されるんじゃあなんですか? 渚からそう聞きましたけど?」

『…確かに、泉石から七瀬樹利亜が離婚したとは聞いた。それ以上は何もない!』

 おかしい。堂城誠也は、七瀬樹利亜を七瀬龍治から奪いたいほど愛していた。

 それなのに、いまの彼からは、その気持ちは全然感じる事ができない。

「泉石渚は、一人の女性をずっと、探し求め、やっと見つけ出した彼女には、もう愛すべき旦那が居た。けれど、その男は、他の女性と肉体関係を持った挙句、たった一回、それも、助けただけの名前すら知らない女性にその場でプロポーズをした」

『…それってまさか』

 渚の言葉に、堂城は息を飲む。

「貴方と初めて会った時に、渚が大事に持っていたロケットネックレス に映っていたあの女性です。彼女の名前は…岡宮美緒。旧姓古閑美緒。渚が唯一愛した女性です。あぁ! 勿論、いまもその気持ちは変わりません。じゃあなかったら、略奪結婚なんてしようなんて思いませんよ?」

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