第37話

『…堂城君。帰りたくない。このまま連れて帰って』

 樹利亜との最後のデートを終え、最終目的地である映画館から出て人目の少ない路地裏に差し掛かった瞬間突然樹利亜が抱きついてきた。

『…駄目だよ』

 堂城は、抱きついてきた樹利亜を優しく突き離す。

『…そうだよね? ごめんね? 変な事言って』

 寂しそうに、頭を下げる。

『樹利亜。今日、誕生日だろ? おめでとう』

 そんな樹利亜の両手にピンクのリボンで結ばれた顔一杯のリナリアの花束が。

『…ありがとう。これって…リナリア?』

『樹利亜。この花好きだったろ?』

『…堂城君。リナリアの花言葉って知ってる?』

 貰ったリナリア花束に顔を埋めながら、堂城にリナリアの花言葉を訪ねる。 

『…知らない…樹利亜!』

 いつの間にか、樹利亜に唇を奪っていた。

 俺は、樹利亜をさっきみたいに突き離そうと、抱きつかれた腕を引き離そうとしたら…彼女のほうが自分から唇を離した。

『…私は、ずっと貴方が好きだったんだよ? なのに、なんでこの恋に気づいてくれなかったの? 私、ずっと待ってたんだよ』

『…』

 自分の瞳を真っすぐ見つめてくる樹利亜の姿は、大学時代自分が恋心を抱いていた南浜樹利亜まさにそのまま。

 自分の目の前に居るのは…自分を裏切った七瀬龍治と結婚した七瀬樹利亜じゃあない。

 自分の目の前に居るのは……

『ッドドドどうじょう君!?』 

 樹利亜の右手を奪い取り、近くにあった電信柱に彼女の体を押しつける。

『…堂城君?』

 樹利亜が堂城の名前を呼ぶ。

 けれど、堂城は、そんな樹利亜を無視して…彼女の唇に、自分の唇をゆっくり重ねていく。

(……これは幻。例え、今日だけの幻だけしても…いまだけは…)

『…好きだよ。樹利亜』

 唇をさらに強く重ね、自分の舌を彼女の舌に巻き付ける。

 そして、同時に彼女を逃がさないように背中に自分の両手を回す。

『んんんんんん』

『ハァハァ。んんんんん』

 堂城の唇から伝わってくる熱い熱に樹利亜の心はドンドン溶けていく。

『はぁははぁ』

『……ごめん。やっぱりできない』

『堂城君!』

 急に離れて行く彼の温もり。

 樹利亜は、慌てて堂城の腕を掴む。

 でも、彼はその手を握り返す事なくを振り払った。

『堂城さんも七瀬龍治と同じですね? 貴方は、南浜樹利亜を奪った七瀬龍治を恨んで彼らと距離を取ったんですよね? でも、貴方は、樹利亜さんの貴方への純粋な恋心を踏み潰しただけではなく、彼女自身を侮辱した。堂城さん。貴方の方が、誰がどう見ても男として最低だと思いますけど』 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る