第36話

「冗談ですよ! でも、なんで泉ちゃん。突然ホワハニ脱退したんだろう?」

 滝川は、人気絶叫の穎川泉が、突然ホワハニを脱退して数か月経ったいまでも疑問に思っている。

 それは、滝川だけではなくホワハニも他のメンバー、ファンですら彼女の突然の脱退を受け入れる事ができていない。

 それぐらい、穎川泉のホワハニ脱退は、世間に衝撃を与えた。

 堂城は、穎川泉のホワハニ脱退理由を知っている。

 知っているからこそ、滝川の言葉が心に刺さった。

 それでも、彼女の気持ち、想いを考えると滝川に、本当の事を言う気持ちはなれない。

 それをしてしまうと、七瀬龍治の事を、本気で一人の男性として愛した彼女の純粋な想いを裏切る気がした。

「…春ちゃん。彼女だって、春ちゃんと同じ一人の女性だよ。きっと泉ちゃんは普通の女になりたかったんだよ」

「…先輩。まだ、寝ぼけてますか?」

 滝川が、堂城の額に自分の右手を当てる。

 まるで、母親が子供の熱を測るかのように。

「だって、先輩がらしくない事言うから」

「そこ」

「はい。でも、確かに先輩の言う通りですね? 泉ちゃんだって普通の女性ですもんね?」

「じゃあ、会見場に戻ろうか?」

 堂城が、文彦和也の謝罪会見場に戻ろうと、歩を進め始めようとした瞬間、強い力でその場に押し戻された。

「先輩! 樹利亜って誰なんですか? もしかして、先輩の恋人ですか?」

「…彼女の事はどうでもいいだろ!」

 滝川を跳ね除け、会場に再び進み始める。

「逃げる気ですか!」

 滝川の怒りの声がうしろから聴こえてくる。

「俺だって……」

 滝川の言葉は、忘れようとしていた樹利亜のあの日の言葉を思い出させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る