第29話

「お前。俺も、捨て駒にするつもりか! 七瀬龍治みたいに」

「…はぁ! 折角忠告して差し上げたのに残念です。堂城さん」

 敬語から普通の話し方に戻った泉石渚が、堂城の前で大きなため息をつく。

「お前! やっぱり!」

 _ドン_

 壁に強い勢いで渚を押しつける。

「…痛いじゃあないですか? 全くひどいですね?」

 壁に押しつけられて動けないはずなのに不気味な笑みでこっちに笑い掛けてくる渚をさらに強く壁に押しつける。

「お前。どうして俺の前に姿を現した?」

「はぁ…またそれですが? さっきも言いましたけど堂城さん。貴方の前に姿を現したのも貴方を助けたのもただの偶然ですよ」

 先ほどと同じ内容をそのまま返す。

「それで俺が納得すると思うか! 本当の事を言え!」

「へぇ? 堂城さん、本当に本当の事言ってもいいんですか?」

「!?」

「…七瀬さんって充実してますよね? プライベートも仕事も…女性関係も…何もかも充実してますよね? 仕事では、捜査一課の課長補佐。家に帰れば美人の奥さんが、自分の事を待っている。居るんですね? こんなにもどっちらも充実してる人間が。世の中には、親友だと思っていた人に、好きだった女性を奪われ、自分の知らないうちにその女性と結婚した最低裏切り野郎まで居るっていうのに、世の中って不公平ですよね?」

「…」

 いま、渚が話した内容は、まさに大学時代の俺と七瀬、そして…南浜樹利亜の事。

「…堂城さん」

「!?」

 渚が堂城の名前を呼んだと思ったら、次の瞬間には、彼の体をすり抜け、堂城の体を真正面から見下ろしていた。

 いつの間にか、堂城は床に押し倒されていた。

「貴方は、リンドウとクローバーの花言葉を知っていますか? どっちらもきっと、いまの貴方にすごくお似合いですよ?」

 鳴海坂昴が、堂城誠也に渡したリンドウと紫陽花の花束(プリザードフラワー)を見詰めながら、彼に花言葉を語り始める。

「リンドウの花言葉は、悲しんでいる時の貴方が好き。これを、貴方で例えると大好きだった南浜樹利亜さんに告白する前に、友人だと思っていた七瀬龍治に奪われ、その事に、貴方はショックを受け、七瀬さんの事を遠ざけようとしたのに、七瀬さんがそれを許さなかった。理由は、七瀬龍治が堂城誠也の悔しがる顔が好きだったから。でも、七瀬龍治は、その事を今では後悔している。けれど、そんな彼を貴方は許すつもりはない」

「…」

 確かに、あいつの裏切りを知った当時は、ショックで七瀬を遠ざけようとした。

 その証拠に、大学を卒業したあとは、一度も連絡も取っても居ないし、会ってもいない。勿論、南浜樹利亜(現:七瀬樹利亜)にも。

 だから、今日、あいつに会ったのは本当に偶然だった。

「でも、貴方も貴方でひどい方ですよね? 親友に好きだった女性を奪われたからって、関係ない滝川春さんを自分の復讐に巻き込んではいけませんよ? 彼女は、昴が好きなんですから。そんな彼女に、南浜樹利亜のイニシャルが刻印された万年筆なんてあげてはいけませんよ。例え、副編集長である貴方からの入社記念のプレゼントでもあっても、貴方に、滝川さんの恋愛を奪う権利はありませんよ? あぁ、忘れる所でした、クローバーの花言葉は、復讐、私を思え、約束、幸福。本当、いまの貴方に、お似合いですよ? 得に、私を思えなんて、最高にお似合いですね?」

「泉石お前!」

 渚の名前を呼び、渚の体を掴み、その反動で起き上がろうとした瞬間…横から手が伸びてきた。

「…堂城さん。大丈夫ですか?」

「お前は…」

 そこに居たのは、七瀬龍治と消えたはずの鳴海坂昴だった。

「…渚。もう少し手加減したら。君より、年上なんだから」 

 渚に一喝を入れると、堂城に手を差し出す。

「…堂城さん。手荒な真似をしてすみません」

 立たせると、コートのポケットから黒い薔薇が刺繍された小さなハンドタオルを取り出し、ハンドタオルで堂城の服に着いたゴミを払い落とす。

「…この位で大丈夫かな? 渚が本当にすみませんでした」

「…なんで、お前がこの男に謝るんだよ!」

「渚! 彼は、君にとって…」

「昴!」

 昴が、全てを言い終る前に渚が昴の胸蔵を掴む。

「お前、自分が何を言おうとしてるか解ってるのか!」

「解ってるよ!」

 胸蔵を掴まれ、上手く声が出ないはずなのに、それでも渚に、自分の想いを伝えてくる。

「渚。だったらどうして、七瀬龍治、穎川泉に近付いてまで、堂城誠也に近付いたの?」

「それは…」

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