第23話

『…滝川さんって、昴の事が好きなんですか?』

『ええええ!』

『えっ! 違うんですか? あの赤い薔薇あいつの店で買ったんじゃあないんですか?』

 渚は、テーブルの真ん中に置かれている花瓶に生けれている赤い薔薇を指差す。

※滝川の依頼を受けて彼女の家にやってきた。

『それは…貰ったんです。堂城先輩に』

『…へぇ? あの人が…珍しいですね?』

『そうなんです。だから、私もびっくりしたんです』 

 渚は、意味深な笑みを浮かべながら、滝川の顔を見詰める。

『なぎささん?』

『…昴と二人で飲んだ時、あいつがこんな事を言ってたんです。この間、先輩との買い出し中、具合が悪そうな女性を見つけたんだ。だから、先輩に申し訳なかったけどしゃがみ込んで声を掛けたんだ。大丈夫ですかって。そしたら、その女性が急に黙り込んで、どうしようかと思っていたら、今度は、急に驚き出して、だから怖くなって缶コーヒーを渡して先輩の元に逃げちゃったんだよ』

(逃げた! 怖かった?)

 ショックで言葉が出てこない。ショックで体が動かない。

 あの時、彼は、私の事を怖がっていた?

『…滝川さん? 大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ?』

 心配そうに滝川の覗き込んでくる。

『あぁ! ごめん。もう平気だから』

(これじゃあ、渚さんに、私だって言ってるもんじゃあない)

『ならいいんですけど……急に黙り込んでしまったので、どうかしたのかと思いまして」

『本当にもう大丈夫だから』

 動揺を読み込まれないように、平常心を保ちながら言葉を紡ぐ。

『そうですか? 滝川さんは、あいつの行動どう思いますか? 同じ女性として。例え、怖かったとしても逃げる事はないですよね? 流石にあいつもその事に関しては後悔してるみたいなんですけど』

『…』

『どうしたんですか? 今度は顔が真っ赤ですよ? 大丈夫ですか?』

 渚が、さっきにもまして心配そうに顔を覗き込んでくる。

『あぁ!? 大丈夫です。私は全然気にしません!』

『えっ! もしかして…』

(あぁ! やってしまった)

 滝川は、渚の反応を見て、ようやく自分のミスに気が付いた。

『…私なんです。その具合が悪そうな女性』

『…そうなんですか! もう、滝川さんも、そうならそうって早く言ってくださいよ? 自分捜し損じゃないですか!』

 ☆

 昴から、その時の女性にもう一度会いたいと依頼されていた。

 渚は、依頼と引き換えに昴とある契約を結ぶつもりだった。

 けれど、契約の方は、彼自身が渚に自分が思っていた以上の提案を持ちかけてきたのでそのまま依頼を引き受けた。

 そして、昴からの情報を元に彼がこの春から働き出した勤務先である「フラワーショップ:ホワイト」この周辺でこの女性についての情報収集をすることにした。

 すると、開始して2日目、一人の女性が浮かび上がった。

 その女性の名前は、滝川春 25歳。 職業:雫丘出版記者

 別名:赤い薔薇の魔女。

 名前の由来は、黒いスーツを着て、毎週金曜日の閉店間近(閉店時間は19時)30分前にいつも赤い薔薇を一輪、それも必ず鳴海坂昴が店先に出ているタイミングを見計らって彼を呼び彼に一輪を選んで貰う。

(昴君が、私の事を捜してた? 渚さんに依頼して)

 渚の言葉を訊いて、嬉しくて頬が緩くなる。

 だけど、渚の口から出てきた次の言葉に、滝川は言葉を失った。

『…滝川さん。僕にはずっと後悔している事が一つあるんです。高校時代、中学の頃から交際していた彼女が突然別れを告げられたんです。でも、その頃の自分は、なんで彼女が自分に別れを告げてきたのか解らなかった。だけど、今思うと、僕は、彼女に面と向かって「好きって」言った事がなかった。だから、滝川さん。後悔しない様に好きな人には、「好きって」自分の気持ちを伝えて下さい』

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