ライバル

第7話

『……ちょっとやり過ぎじゃあないのか?』

 左手で電話を掛けながら、右手には窓越しに映る草津千里を見る為に、双眼鏡が握られている。

 昴が居るのは、渚が働く探偵事務所の向かいにあるマンションの屋上。

 この場所から昴は、渚に頼まれ、草津千里の恋人である茉莉川杏奈と草津の上司である柿谷霧矢との浮気現場の写真を撮り続けていた。

「……あいつも思い知ればいい。あいつは、捨てられたんだよ。恋人にゴミみたいに」

 電話口から聴こえてくる渚の声はいつもにまして残酷だった。

 だけど、どこか楽しそうだった。

『……お前って、最低な奴だな』

「……昴。そう言うお前も、人の事言えないだろ?」

『……渚。俺は、お前程じゃあないから大丈夫。ところで次のゲームはいつ始めるの?」

「昨日本人に会ってきた。例物を渡す為に」

『相変わらず、行動速いね?』

「だって奪うなら早い方がいい、君がそう言ったんだろ?」

『…渚。事々は、段階を踏まないと警戒されるよ』

「…そうならない為に、昴? お前がいるんだろ?」

『それって? もしかしなくても、俺、巻き込まれること確定ですか?』

「今更だろ」

 なにを今更的な感じで返事を返す。

『そうですか? で次はいつ?』

「3日後」

『3日後!? ちょっと待って! それはさすがに早くないか?』

「……昴。時間がないんだ」

『どういう事?』

 昴が、渚に意味を求めようとした瞬間、電話口から何故かテレビの音が聴こえてきた。

{世界的デザイナーの文彦健二さまのご長男で自身もプロのデザイナーとして日本のみならず、世界で活躍なされている文彦和也様がこの度、ご婚約を発表されました}

「…この男に、美緒さんは、売られてた。それもお金の為に……」

『…』

 渚の答えに言葉を失う。

 渚が、このまま岡宮永輝から彼女を奪い取っても、彼女はこいつの者にはならない。

 そんなの間違ってる。

 こいつは、6年間。ずっと恋人である古閑美緒を待ち続けた。

 そして、やっと再会した彼女には、新しい新しい旦那と家庭がすでにあった。

 だけど、そいつは彼女を裏切り、他の女に結婚を申し込んでいた。

『渚。この事を美緒さんは』

「いや、彼女は知らない。それどころか、彼女が居ないときに彼女抜きで勝手に契約を交わしてる。俺も、昨日知って慌てて情報を集めてる所」

『なら、まだ、契約破棄が可能?』

 願いを込めて電話口の渚に話しかける。

「そういう事。お前には、この男について調べて欲しい。そして、この映像を送り付けろ」

『こんなのいつ撮ったの?』

「撮ったんじゃない作った。岡宮永輝に送りつける為に作った映像の試作品」

『あぁ! それなら彼も信用するかも』

「だろ? なんせ自分の婚約者が違う男性と体が密着するまで抱き合って何度も唇を重ねあってる映像。自分だったら速攻婚約破棄する」

『……俺、なんかドキドキしてきた。これ作った割にはリアルすぎないか?』

「だって、実際の映像を加工してるんだからリアルにもなるよ。これぐらいしないとあの男から美緒さんは奪わえない」

『……本当……えげつないな』

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ、頼んだ事お願い」

『あぁ! 渚、最後に訊いてもいい?』

「なに?」

『文彦和也は、どうやって美緒さんを知った? 彼、有名なデザイナーなんだよね? なんで、そんな男が小さな町の小さな広告会社に勤める彼女を婚約者に選ぶ訳?』

 昴には、世界的デザイナーの文彦健二の長男である文彦和也が、町の小さな広告会社でカメラマンと働く彼女を知る訳がない。

 いやぁ? 普通はあり得ない。

 けれど、美緒さんの会社の人達も、お金の為とはいえ、本人の承認も得ずに、従業人を売る行為自体人として間違っている。

「……会社のサイトに映りこんだ美緒さんの写真を見て、一目惚れしたらしい。そして、自分の秘書に彼女の事を調べさせ、会社にトランク一杯のお金を持って行き、美緒さんを渡して欲しいって頼み込んだらしいよ。まぁ、会社の方も経営が傾き始めてたから速攻了承したみたいだよ。慌てて調べたから本当かどうか解らないけど」

 自信が無いのか、さっきより声が小さい。

『……お前は、このままでいいのか?』

「いい訳ないだろう! 彼女を奪っていいのは俺だけ。他の男に、奪われて堪るか! それも、許嫁がいるペテン師デザイナー野郎に彼女を奪われて堪るもんか?」

(良かった。いつもの渚に戻った)

『そうだね。こっちの事は、俺に任せて』

「あぁ。ゲームは始まったばかり。誰にも邪魔させない」

 そう、こんな男に奪われて堪るか。

 彼女を奪っていいのは俺だけだ。

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