第37話
「はぁ…」
店員が、拭きもの取りに持ち場に戻ったあと、俺は、使い物になならなくなったスマホをテーブル脇にあった紙ナプキンで包み、その上から改めて上着のポケットに入れていたミニタオルで二重に包んだ。
「俺は、一体何をやっているんだろうか? こんな所でゆっくりしている場合じゃあないのに…俺は…」
今村敦の取材が、思いのほか早く終ったので、百花先輩が迎えに来ると言っていた14時まで、彼の事務所の受付で待たせて貰うはずだった。
でも、その事を彼に言おうとした瞬間、例の男性が来てから状況が一変し、俺は、必死の思い出その場から逃げてきた。
今村敦は、覚せい剤に手を染めている。
それもかなりの薬物依存者。
黒蝶では、政治家や有名人のスクープを常に狙っている。
だが、今回の今村敦の事は偶然の発見だった。
元々、今日だって、先輩である百花先輩と一緒に、今月黒蝶で出版する「琥珀」の特別企画の取材で今村敦の元に訪れた。
それなのに…いつの間にか…命の危険に晒されている。
「…まさか! 百花先輩! こうなる事を事前に知ってて俺を一人に…いやぁ? 百花先輩はそんな人じゃあない? でも…」
百花先輩は、今村敦をわざと不倫してますよねと挑発するだけして、俺を一人残して、事務所から居なくなってしまった。
だけど…事前にもしも…この事を百花先輩が知っていたら…
「あぁぁもう! そんな訳ない!」
「お客様? どうなされましたか?」
拭きもの(雑巾)を手に戻ってきた女性店員がびっくりしながら悠の事を見ていた。
「あぁすみませんなんでもありません。あぁ! 雑巾ありがとうございます」
悠は、店員から雑巾を受け取る。
「では、あとで回収に参ります」
「あぁ待って下さい! すぐ拭きますから」
悠は、そのまま持ち場に戻ろうとしていた店員を引き留めると、急いでコーヒーで汚れてしまったテーブルを拭き終ると、雑巾を店員さんに返した。
「雑巾ありがとうございました。この度は、本当にすみませんでした。コーヒー美味しかったです」
悠は、荷物を持って立ち上がる。
そして、そのまま出口(入り口と反対側)に向かって歩いて行き、扉を開けて店の外に出た瞬間…何かにぶつかった。
でも、周りを見渡しても誰も居ないし、何も障害物もない。
「あれ? おかしいなぁ? 確かに、なにかにぶつかった気がするんだけどなぁ? まぁいっか?」
自分の身に起こった不思議な出来事に首を傾げつつも、再び歩きはじめようとしたら…またなにかにぶつかった。
けど、今度は…はっきり感触を掴むことができた。
「えっ! ぁぁぁ…」
でも、悠がその感触を確かめる事はできなかった。
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