第32話

「…滝川すまない」

 胡桃先輩が居なくなった途端、胡桃さん先輩が開けぱなっしにしていった給湯室の扉を中から閉めると私に向かって突然謝ってきた。

「先輩どうしたんですか!」

「だからその…」

「あぁもしかして、さっきのナンパの事ですか? だったらもう気にしてませんよ?」

 だって、そもそも私は先輩に興味がない。

「違う! 俺が謝りたいのは…鳴海坂からの手紙の事だ」

「えっ!」

 まさかの言葉に私は、手に持っていた荷物を落としそうになった。

「滝川。さっきお前に渡した鳴海坂からの手紙、あれ、本来ならもっと早くお前に渡すはずだった。でも俺が、渡す勇気が出なくて今日まで渡す事ができなかった。すまない。許してくれ」

 もっといえば、泉石…そして、七瀬らの海外移住の事も重なって手紙どころではなかった。

 でも、これは滝川側からすれば言い訳にすらならない。

「先輩! 顔をあげて下さい」

「…滝川」

「先輩。私ならもう大丈夫ですよ? それに、私もう決めたんです」

 頭を下げてきた堂城に、私は、昨日縁を切ったばっかりの悠に言った言葉に、少し言葉を追加した。

「…私もう、誰ともつき合わなって決めたんです。そしたら、もう、傷つく事も悲しむ事もないんで」

 私のこの宣言に、頭を下げていた堂城がゆっくり顔をあげたと思ったら、次の瞬間私の頬を思いっきりを殴った。

 バァーーーーーーン_ 頬を殴る音。

「…堂城先輩?」

 理由が分からず、いきなり堂城に頬を殴られた滝川は、殴られた赤く染まってしまった右頬を右手で押さえながら、その衝撃で出た涙が左手で押さえながら彼の方を見る。

「それ、お前の本心じゃあないだろう? 確かにお前がどんなに鳴海坂が好きでも奴とは合えない。でも、お前があいつを愛した3年間まで無駄にはなるのか! 違うだろう? 滝川! お前が、これから先誰ともつき合わないならそれでも構わないお前の人生だからな。だけど、そしたら鳴海坂の気持ちはどうなるんだよ? あいつは、お前に自分の事は早く忘れてお前の事を心の底から愛してくれる男と幸せになって欲しいって願ってるんじゃあないのか! 滝川! お前は、そんなあいつの最後の想いまで踏み握るのか!」

 堂城が滝川に、自分の想いの盾を言い終えた瞬間…給湯室の扉が開き誰かが中に入ってきた。

「…最後の想いを踏み握るって? それ? 貴方が言っても説得力はないと思うけど?」

「…」

 給湯室に入って来たのは、背中まで伸びた黒髪をバッサリ切り、髪色も黒髪から栗色に染めた犬塚梨々花だった。

 その梨々花の余りにも変貌に、堂城は言葉を失う。

 それくらい梨々花の見た目の変化は、堂城の想像を超えていた。

「…滝川ちゃん? 頬大丈夫? 全く、堂城君も手加減って言葉を知らないんだから」

 梨々花も、そんな堂城の様子に一瞬目を向けるがすぐさま、滝川の方に足を向け、バックの中から小さな保冷剤を取り出し、滝川に差し出す。

「…あぁありがとうございます。あの? 犬塚編集長ですよね?」

 保冷剤を受け取った滝川も、堂城と同じ様に犬塚の見た目の変化に本人ですかと尋ねてしまった。

「やっぱり。急なイメチェンはダメねぇ? 私的には、いいと思ったんだけど。やっぱり駄目なのかな? この髪?」

 短くしたま

「あの? 犬塚編集長?」

 独り言のように小さく呟く犬塚に、滝川は堪らず声を掛ける。

「あぁごめんなさい。私ったらつい!」

「私は、その髪いいと思いますよ! 犬塚編集長にとっても似合ってます!」

「えっ! 本当に! 冗談者なくて」

 滝川のまさかの褒め言葉に、犬塚は彼女の肩を掴んでしまう。

「はい! 最初は、犬塚編集長って解らなかったけど…あぁすみませんん。でも、本当にその髪、編集長にお似合いだと思います? 堂城先輩もそう思いますよね?」

「あぁぁそうだな。似合ってる」

 滝川からの急な問いかけに、梨々花の急なイメチャンに固まっていた堂城は、言葉を濁しながらも返事を返す。

「…ありがとう」 

 その返答に頬を真っ赤に、そして恥ずかしそうにしながらもありがとうと返事を返す犬塚に滝川は…ふと考えてしまった。

(もしかして犬塚編集長、まだ、堂城先輩の事好きなのかな?)

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