私の好きな人

第31話

14時。晴海編集部

「滝川戻りました」

 昼食を終え、私は、社員食堂から晴海編集部に戻ってきた。

 すると、給湯室でコーヒーを飲んでいた黒木胡桃(くろきくるみ)さんが、私の姿を見つけて中から手を振ってきた。

「おい! 滝川ちゃん」

 私は、胡桃さんに声を掛ける為に、扉を開けて給湯室に入った。

「あぁ胡桃先輩。お疲れさまです」

「滝川ちゃんもコーヒー飲む?」

「ありがとうございます。休憩中ですか?」

 コーヒーを胡桃から受け取りながら、休憩ですかと尋ねる。

「違う違う! ちょっと眠くなって」

 眠さを堪える様に、口を押える。

 その姿に、今まさにお昼ご飯を食べてきたばっかりの滝川は納得する。

「あぁ! 確かに眠くなる時間帯ですもんね? 私も今、お昼食べてきたばかりなので」

 胡桃は、私の言葉に給湯室の壁にある時計で時間を見て驚く。 

「えっ! もう14時だよ」

「そうなんですけど。中々仕事が終わらなくて」

「私達の仕事は、決まった時間通りにはいかないけど。でも、食事は取れる時に取れないとダメだよ? とくに滝川ちゃん。貴女は、限界まで限界まで無理する癖があるから。もう、堂城副編集長も、貴女にに仕事やり過ぎ。ねぇ? 滝川ちゃんもそう思わない?」

「ッそそそそそそうですね?」

 私は、自分の意思で、仕事もちゃんと選んでいる。それに、体調管理もしっかりしている自身はある。

 なので…

「滝川ちゃんもやっぱりそう思う?」

「黒木? 何が、滝川もそう思うんだって?」

「どどどどど堂城副編集長! いいいままその……」

 胡桃は、いきなり給湯室入って来たに堂城、それもいつものオネェキャラではなく、稀に出る男性バージョンの堂城に、さっきまでの威厳はどこに行ったのか、私のうしろに隠れてしまった。

 その姿に私は、胡桃先輩には悪いが可愛いと思ってしまった。

 いつもは、優秀でなんでも簡単にこなしてしまう先輩が、まさか男のバージョンの先輩が苦手だったなんて余りにも意外だった。

 でも…ずっと胡桃先輩をこのままにして置く訳にはいけない。

「堂城先輩! 胡桃先輩をいじめないで下さいよ!」

「はぁ! なんで俺がいじめる側になってるんだよ?」

 堂城がただ声をかけただけなのに、いつの間にか悪者扱いされている事に怒りを覚える。

「だって、先輩がオネェ言葉じゃあなくて男言葉で、急に声を掛けるから」

「なに言ってるんだ滝川? 俺は男だぞ!」

「えっ! 堂城」先輩はオネェじゃあないんですか? あぁ! もしかして!さっきの事気にしてるんですか?」

 さっき堂城は、食堂で私に手紙を渡していただけなのに、私をナンパしていると他の人に誤解されてしまった。

「違う!」

「本当ですか? だったらなんで急にオネェ言葉辞めたんですか?」

「そそそれは…」

 そそれは言うだけでそのあとを言わない堂城に私を詰め寄る。

「それは?」

「俺の事はもういいだろう! そんな事より黒木。お前もいつまで滝川のうしろに隠れているんだ!」

 滝川のうしろに隠れている黒木に、いい加減出てこいと声と掛ける。

 すると…声を掛けられた胡桃が場が悪そうに顔を出す。

「あぁぁぁ堂城副編集長あぁぁお疲れさまです。じゃあ、自分は仕事があるので。滝川ちゃん? またあとでね」

「あぁ! 胡桃先輩! ちょっと待って下さい!」

 胡桃が逃げるように、自分のデスクに戻って行く。

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