第13話

「堂城先輩?」

 スマホの画面を見ていた堂城は、一瞬自分の事を呼んでいる声に気づかなかった。

「…もしかして、こっちの声聞えてない? おい? 堂城先輩? 私の声聴こえていますか?」

「…あぁぁぁぁわあぁぁぁゴメン春ちゃん! そんなつ…」

「ふぅふふ堂城先輩お久しぶりです」

「…市宮」

 現在の自分の事を、「先輩」と呼ぶのは、滝川だけ。

 なので、堂城は、いつもの癖で自分の事を呼んでいるのは、滝川春だと決めつけ「春ちゃん」と返事を返してしまった。

 そんな堂城の姿に、黒蝶時代の堂城しか知らない市宮百花は思わず…

「…すみません!! あのスクープの為なら死神? ましてや悪魔にでさえ喜んで魂を売る、そんな死神先輩の口から……春ちゃん! 部署と立場が変われば、こうも人って変わるんですよね?」

 軽く涙目になっている百花。 

「…」

 確かに、百花の言う通り、黒蝶時代の堂城は、スクープを取る為に、多少犯罪ギリギリの方法で取材を行っていた。

 そのせいもあって、一部の関係者から危険人物扱いされてしまった。

 だからなのか、ちゃんと取材先にアポイントを取り、取材先を訪れても、担当が、自分だと解った瞬間、その取材自体断れてしまう事が度々発生した。

 まぁ、そんな事が度々発生するようになったので、流石に、当時の編集長も自分を他の部署へ移動させることを考え始めていた。

 そんな時に、雫丘出版の編集長になったばっかりの梨々花から、晴海の副編集長に任命された。

 だから、俺は、その要請を受け、黒蝶を離れた。

 それっきり、黒蝶の皆とは一度も会っても居ないし、黒蝶の部署に足を踏み入れていない。

 会えるわけがない。

 俺は、黒蝶から、そして、彼らから逃げたんだ。

「けど、今の堂城先輩、なんだか楽しそうですね?」

 突然の百花のなんだか楽しそうですね? 発言に黒蝶、そして彼らとあえて距離を取っていた堂城は、手に持っていたスマホをその場に落としてしまう。

「あっ!」

「大丈夫ですか? 先輩?」

「あぁ」

 百花は、慌てて堂城が落としてしまったスマホを拾い上げる。

「スマホは、なんとか無事みたいですよ? 先輩?」

 差し出すスマホを中々受け取れない堂城の顔を百花が心配そうに見つめてくる。

「…市宮は、俺が、黒蝶を裏切って、晴海の副編集長になった事、いまでもやっぱり怒ってるか?」

 そう、俺は、黒蝶を裏切ったんだ。

 晴海という、黒蝶とは、まるで正反対の部署の副編集長という肩書に心踊らされて、俺は、元恋人で現編集長の梨々花の言葉に俺は…

「…確かに、今でも、堂城先輩に黒蝶に戻ってきて欲しいって言っている先輩方は何人かいます。でも、先輩! 私は、堂城先輩は、晴海の副編集長でいずれかは、晴海の編集長にだってなれるって、私は、信じてます。だから、もっと自信を持って下さい」

「いいいいちの…」

 百花の言葉に、今まで、自分は彼らを裏切った裏切り者だと思っていた。

 でも…それは、自分の勘違いだった。

「それに…先輩は、いまでも、私の憧れ人なんですから」

「えっ! 今なんて」

「なんでもありません。ですから、堂城先輩は、晴海で頑張ってください。けど、たまには、黒蝶にも遊びに来てくださいね? 皆、先輩に会いたがってますよ?」

 百花にもう一度、お礼を告げて、その場を離れようとしたら、百花に服の袖をつかまれた。

「あぁ! そうだ私のこと、これからは、苗字じゃあなくて、百花って名前で呼んで下さい!」

「市宮!」

 突然の自分の事も滝川同様に名前で呼んで欲しいというお願いに、彼女の元を去ろうとしていた堂城は思わず立ち止まる。

「だって、先輩? その春ちゃんって、後輩ちゃんのことは苗字じゃあなくて、名前呼びなんです? それちゃん付け? だったら、元後輩の自分の事も、名苗字じゃあなくて名前で呼んでくれてもよくありません?」

「そそそそれは…」

 滝川春の事を春ちゃんと呼んでいるのは、彼女の前では、オネェキャラで居るからだ。

 それ以前晴海では、オネェでいるからだ。

 勿論、黒蝶の部署にも堂城が当然オネェになった言う噂は入っているだろうが、多分信じている人間はいないと思う。

「私のこと、名前で呼べないのは、堂城先輩がオネェになったからですか?」

「どどどどどうしてそれを?」

 百花は知らないと思っていたので、思わず声が裏返る。

「私を誰だと思ってるんですか? 元死神先輩の後輩ですよ? それに、堂城先輩は、気づいてなかったみたいですけど、黒蝶時代も時々オネェキャラでしたよ?」

「!」

 確かに俺は、黒蝶時代も時々オネェ言葉を使っていた。

 でも…百花達の前では使った事はなかったはず?

「先輩! 私は、男らしい先輩も好きですけど? オネェ先輩も大好きですよ?」

「いいいちの宮!」

「もう冗談ですよ? なに本気にしてるんですか! 私が、堂城先輩の事を本気で好き訳ないじゃあないですか! じゃあ、先輩。私、そろそろ、後輩君を迎えに行かないといけな……あぁ! 忘れていた」

 百花は、堂城が受け取り忘れていたスマホを胸元に押しつけると、風のようにその場から出て行こうとした百花を今度は、堂城が引き止めた。

「百花! 一人で抱え込むなよ? 悩みがあるなら相談乗るぞ!」

「先輩! 私、悩みなんかありませんよ? じゃあ、後輩君が待っているんで失礼します」

 百花は、堂城の言葉に反抗するとそのまま屋上から出て行ってしまった。

「…大丈夫か? 百花の奴?」

 出て行った百花の後姿を姿が完全になくなるまで見つめる。

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