あなたのことがすきなのに、心の中の天邪鬼が邪魔をする。

第9話

1月5日 10時

 今村敦の議員事務所、応接室。

「今日は、お忙し……」

「今村議員。あな…」 

 今日、俺、音無悠は、直属の上司でもある市宮百花先輩と一緒に、黒蝶で発行している「琥珀」の取材の為、今を時めく若手議員今村敦の事務所を訪れた。

 すると、百花先輩は取材対象である今村敦が現れると、突然、彼に向かって「不倫」と言う単語を言い掛けたので、俺は慌てて先輩の口を塞いだ。

「百花(ももか)先輩!」

「あぶぶぶぶぶぶ」

 口を塞がれた先輩は、呼吸をする為に、首を左右に振る。

(はぁ…悠君何するの急に?)

(百花先輩、今村議員に取材とは関係ない事を言おうとしたからです。先輩! 今日は、琥珀の取材で来ているんですよ? 解ってますか?)

 確かに…今村議員には、今までも秘書の女性との不倫疑惑が度々週刊誌でも話題になった。

 勿論、黒蝶でも何度か特集を組んだことがある。

 しかし、そのたびに夫婦の仲睦ましい写真や、動画連日のようにテレビが報道され、彼の熱狂的なな女性ファンからから不倫記事を出した週刊誌が叩かれてしまった。

 だから…それ以降、今村議員の熱狂的な女性ファンを恐れてどこの週刊誌も深入りする事ができないでいた。

(解ってるわよ! そんなことくらい)

(だったら…)

 取材を再開しましょうと先輩に提案しようとしたら…

(でも…ここに居るのが堂城さんだったら…)

(百花先輩!)

(…ぁぁ)

 堂城誠也現晴海副編集長の名前、そして彼が黒蝶時代に行ってきた手法の数々は今でも黒蝶内で伝説として語り継がれている。

 そして…百花先輩は、堂城さんの下で一緒に働いていた事がある。

 だからこそ、百花先輩は堂城さんの事をいまでも尊敬している。

(百花先輩。確かに、今、この場所に堂城晴海副編集長が居たらなりふみ構わず今村敦から不倫真相を訊き出すと思いますよ? それはもう、彼が泣きながら自分の口から話すぐらいに。でも…堂城さんはもう黒蝶には居ない。彼は、晴海の人なんです。そして、今日は、琥珀の取材で彼が不倫のしている証拠なんてないんですよ?)

(…ふふ)

(先輩?)

 百花先輩は、一瞬目を深く閉じると、その場で土下座を始めた。

「百花先輩!」

「市宮さん!」

 突然の百花からの土下座に、俺どころか、今村さんまでもが驚く。

「今村様! この度はすみませんでした」

「市宮さん! 土下座なんて止めて下さい! いったい何のことですか!」

 益々意味が解らなくなる今村に、百花はさらに頭を下げる。

「それは守秘義務があるので言えません」

「百花先輩!」

 俺は、先輩が謝っている事が不倫の事だとすぐさま理解できた。

 だか…同時に、先輩は俺が何か証拠を掴んでいるのだと確信した。

 だって…

「でも…自分には訊く権利はありますよね? だって…今日は、そちらからの依頼ですよね? いいんですか? 取材対象である自分にそんな態度なとって?」

「…」

(これが…いまを時めく今村敦の本性?)

 市宮先輩をなだめ、今村議員に謝罪をさせてあと、改めて取材を申し込むつもりだった。

 でも…今村敦の裏の顔を見てしまった俺は…言葉に詰まってしまった。

 このまま取材を強行していいのか不安になってきた。

 しかし…今日取材をして帰らないと自分達が、水川編集長に殺されてしまう。

 水川紘編集長は、堂城さんが黒蝶に在籍していた頃の相棒で、現雫丘出版編集長犬塚梨々花さんとは同期で幼馴染と言う、ハイパースキルの持ち主なのだ。

「けど…私には守秘義務があるように、そっちらにも守秘義務はありますよね? 市宮さん」

「えぇ! ですから…今日の取材は、こちらにいる音無悠にすべて任せようと思います。それでよろしいでしょうか?」

「お百花せんせっ先輩!」

 じゃあっと、事務所から出て行こうとする先輩の腕を掴む。

「あとは任せたよ? 悠君!」

 百花先輩は、悠の背中を思いっきり叩くと、そのまま本当に部屋から出て行ってしまった。

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