第61話

「なにいまの音」

 会場に居た滝川は、いきなり響いた音に会場の周りを見渡す。

 すると、ある一角に目を奪われた。 

「堂城先輩!?」

 謹慎処分を受けた堂城の代わりに、芸能・政治・社会問題を専門を扱う「黒蝶」の男性記者で、同期入社の音無悠(おとなしはるか)と一緒に先週発売された週刊誌に掲載された元ホワイトハニーの穎川泉との不倫報道についての釈明会見に、記者の一人と参加していた滝川泉は、突然の現れた堂城に驚いて彼の名前を叫んでしまった。

「…なぁ? 滝川? あそこに居るのって…お前の所の堂城副編集長じゃねぇ? あの人今週休みなんじゃあなかったのか?」

「…」

 滝川も、一週間前晴海の朝礼で、堂城がインフルエンザになり、一週間会社を休むと聞いていた。

 だけど、堂城の恋愛事情を彼自身から訊いて知っている滝川でさえ、どうしてこの場所に堂城が居るのか解らず、音無の質問にどう返事を返せばいいのか解らなかった。

「滝川? おい大丈夫か?」

 いきなり黙り込んだ滝川を心配そうに、覗き込んでくる。

「うん大丈夫?」

 滝川は、誤魔化すように音無に向かって笑顔を見せる。

「お前がそう言うならいいけど、それにしても、なんであの人ここに居るんだろう? まさか…」

「ゴクリ」 

 滝川は、音無が、答えに辿りつかないように祈るように唾を飲み込む。

 だか、彼の口から発しられた言葉は…予想もしない答えだった。

「…まさかあの人、俺らから仕事を奪うつもりじゃあ」

「えっ!」

「だってあの人晴海の副編集長に任命されるまで、黒蝶のエースだったらしいよ? だから今でも、黒蝶の編集部の中じゃあ、あの人に黒蝶に戻ってきて欲しいって言ってる人が居るらしいよ? 俺は、今の堂城副編集長しか知らないけどって滝川?」

「…」

 滝川は、いまの晴海の副編集長としての堂城しか知らない。

 だからこそ、「黒蝶」で、彼がどんな仕事をしていたかなんか解るはずがない。

 だけど、彼の話を訊く限り黒蝶に居た頃の先輩は、今よりもとても輝いている。

 今いまの堂城先輩は、好きな人を親友に奪われ、恋人は無理やり親友と結婚までさせれてしまった。

 6年後、先輩の恋人だった彼女さんは、先月その親友と離婚した。

 だけど堂城先輩と恋人だった彼女さんの6年間の時間は戻ってこない。

 だから私は、先輩には幸せになって欲しい。

「なんでもない。悠、あれ別人だよ? 堂城先輩がこんな所に居るはずないよ?」

「えっ! えぇえええ」

「どうかしましたか?」

 司会者の男性が、心配そうに尋ねてくる。

「すみません。もう悠せいで怒られたじゃん」

「解りました…それでは、再び質疑応答を再開いたします。質問のある方は挙手でお願いします。はい。では、そこの黒い髪の眼鏡を掛けた女性の方どうぞ」

 滝川の謝罪を受け入れた司会者が、再びマイクを手に取り真ん中の席に座っていた女性を指差す。

 指名された女性は、スタッフからマイクを受けとると掛けていた眼鏡をゆっくり取る。

  そして、目の前に居る七瀬龍治に向かって親しみを込めた口調で話し掛ける。

「七瀬龍治の元妻の南浜樹利亜です。彼とは、先月離婚しました。なのでもうこの人とは赤の他人です。今日はその事を訂正しに参りました」

_パシャパシャ_ 

 カメラのシャーターとフラッシュが突然現れた樹利亜に向けって一斉に向けられる。

「…奥様! 是非話を!」

「…」

 予想もしなかった樹利亜の登場に七瀬は声を失う。

 そして、もう一人会場スタッフとして潜入していた堂城誠也も、また樹利亜の突然の登場に同じ様に声を失っていた。

「…樹利亜…どうして、きみがここに?」

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