第56話

※樹利亜サイトの時間に戻る。

「…樹利亜。そのままでいいから君に聴いて欲しい事があるんだ」

 堂城の声に、樹利亜は、立ち上がり扉に走り出そうとした。

「樹利亜! 来るな!」

 扉の取っ手に手を掛けて、いまにも飛び出そうとした樹利亜を怒り声で制止する。

「!? どどどどどど堂城君」

 飛び出そうとしていた樹利亜は、突然の堂城の怒り声に、驚いて取ってから手を離す。

「…ごめん」

 扉から聴こえてくる堂城君の声は、いつもの彼とは違い、このまま自分を置いてどこかに行ってしまうのではないかと心配させる声だった。

 堂城君。私を置いてどこにも行かないよねぇ?

 今日は、私を迎えにきてくれたんだね?

 樹利亜は、扉の外に居る堂城に向かって心の中で問いかける。

「樹利亜」

 樹利亜の心が届いたのか、扉の向こうから堂城が自分の名前を呼び掛けてきた。

 だけど、堂城がすぐさま発した口にした言葉は、扉に体を擦り付けた樹利亜の心を深く抉った。

「…七瀬龍治にもう一度会って欲しい。そして彼のやった事を許して欲しい」

「…」

 なんで、一番の被害者であるはずの堂城君がそんな事を言うの?

 樹利亜は、堂城の気持ちが解らず涙を流しながらその場にしゃがみ込む。

「…樹利亜。七瀬の事のやった事は俺だって許さない。けど、七瀬は俺にとって大事な親友なんだ。だからそんな親友の最後の願いぐらい叶えてやりたいんだ」

「…最後? それってどういう事?」

 七瀬龍治には、正直もう会いたくない。

 けれど…あいつの最後の願いが気になってしまった。

「…樹利亜。七瀬はこれから樹利亜、そして関係を持ってしまった穎川泉を守る為に、刑事を辞めて今までの事を全て打ち明けるつもりなんだ。でもそれだけじゃあ彼女も、そして、樹利亜…君の事も守らない。だから…」

 あぁもう本当…お人好しなんだから。

 けど、そんな彼の事を愛してしまったのも、自分なのだからしょうがない。

「堂城君も一緒に、あいつの最後の願いを叶えてあげたいんでしょ? いいよ」

 言葉を濁して言おうとした事を、まるで全ても見透かしたように許してくれた樹利亜にお礼を言おうとした再度口を開きかけた瞬間…

「堂城君!? でも…貴方が本当に守るべきなのは、七瀬龍治じゃあなくて私だからね?」

「…樹利亜…お前…なんで…あぁ!?」

 来るなって言ったのに樹利亜が扉を開けて、堂城に抱きついてきた。

 _コロン_

 堂城の懐(黒ジャケット)から、婚約指輪を入った白いケースが落ちた。

そして、運悪くそのまま樹利亜の前に転がって行った。

「堂城君…これって…」

 樹利亜は、落ちた指輪ケースを拾い上げる。

 堂城は、樹利亜の手の中の白いケースからリナリアの花びらが刻印された銀色の婚約指輪を取り出し、樹利亜の左の薬指に嵌める。

「!?」

 左の薬指に、嵌められた光り輝く銀色の婚約指輪に樹利亜の目から涙が零れてくる。

「南浜樹利亜さん。貴方は、僕の最愛の女性です。樹利亜さん僕と結婚してください」

 頬を真っ赤にしながら、本来だったら7年前にするはずだったプロポーズを7年の時間を掛けて樹利亜に贈る。

 そんな堂城に、樹利亜は答えを返すかのようにキスを贈る。

(…大好きだよ。誠也さん)

「誠也って…んんん」

 樹利亜からの突然の名前呼びに驚く暇もなしく再び唇を奪われる。

 けれど、今度のキスには自分に対する深い愛が込められていた。

 だから、堂城もそれに返事を返すように深いキスを贈った。

(…ありがとう。俺を好きになってくれて)

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