第40話
「こんな所でどうしたの? 堂城君は一緒じゃないの?」
犬塚編集長が、滝川の前にしゃがみ込み、滝川がランチボックスだと思い込んでいた、小さなバックからピンクのバラが刺繍された白いハンカチを取り出しながら、私に、そう尋ねてきた。
「…えっと」
だけど、滝川は、犬塚編集長に、急に名前を呼ばれてびっくりしたと同時に、編集長が、下っ端の自分の名前を知っていた驚いてしまい、返事を返す事ができなかった。
あと、いつの間にか、涙も止まっていた。
きっと、編集長が現れたせいだ。
「あぁ! ごめんない。私ったら、つい、いつもの癖で」
『…あぁぁぁぁぁっぁいえ。あの? 犬塚編集長?」
「なに?」
「編集長は、どうして、私の名前をご存知なんですか?』
緊張しながらも、言葉を選び、滝川は、犬塚に、どうして自分の名前を知っているのかを理由を尋ねる。
すると、犬塚は、左手で、自分の口を押えながら、その理由を教えてくれた。
「あのね? 堂城君いやぁ? 堂城副編集長がねぇ? 定例会議終わるたびに、滝川さん。貴方の事をわたしに、自慢してくるの。いやぁ、あれは、自慢言うか…悪口なのかな? こないだもね? 滝川め、自分の趣味、押しつけるだけ押し付けて、自分は、もう、これ訊き飽きたからって、名前すら訊いたことない女性アイドルグループのCDなんか渡されても困るって、真顔で愚痴ってくるんだよ? けどまぁ? そう言いながらも、堂城君も困るって言いながらも、貴方との会話を楽しんでるみたいよ? だからね? 彼が、そこまで気に居る女性って、どんな子なのかって思ったら…滝川ちゃん。堂城君が、貴方を気に入るのも解るわ。だって、貴方、昔の彼に、そっくりだもの』
まるで、昔から、堂城の事を知っているかのような発言に滝川は、堪らず…
『あああの?』
『うん? どうしたの?』
『いいい犬塚編集長と堂城先輩は、昔からの知り合いなんですか?』
『知り合いと言えば、知り合いかな? でも、どうしてそう思ったの? あぁ! ごめん。私ったら、また、いつもの癖で』
滝川に向かって頭を下げる。
そんな犬塚に、滝川は、慌てて言葉を掛ける。
『編集長! 頭を上げて下さい!』
『…滝川ちゃん?』
頭を上げた犬塚に、滝川は、申し訳なさそうに口を開く。
でも、これだけは、どうしても自分の口から言いたかった。
『…犬塚編集長。私には、ずっと好きな人がいました。でも、好きになった人には、結婚を前提に付き合って居る婚約者がいて、近々結婚式を挙げるんです。だから、私のこの恋は、最初から、叶わない恋だったんです。笑えますよね? 自分の気持ちすら言う事ができないんですから』
『滝川ちゃん…』
犬塚は、滝川が泣いていた理由が、これだと確信した。
けれど、同時に犬塚の心の中に、元恋人の堂城と別れる原因になった大学の合格発表の日の記憶が蘇ってきた。
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