第38話

現在の時間に戻る。

 場所は、給湯室。

「堂城先輩! 戻り…」

 道具を持って帰ってきた滝川の目に飛び込んできたのは、彼女が好意を抱く鳴海坂昴本人だった。

「…鳴海坂さん。どうしてここに?」

 滝川は、どうしてここに、昴がここに居るのかを彼の隣に立って居る堂城に理由を尋ねる。

「…滝川。俺は、さっきまでこいつと会ってたんだ」

「えっ! それって…」

 手に持っていた事務所から借りてきた道具を床に落とす。

「滝川。お前に聴いて欲しい話があるんだ」

「訊きたくない! 訊きたくありません。先輩は、私をずっと騙してたんですね?」

 滝川は、堂城に罵声を上げながら給湯室から泣きながら出入り口の方に走っていく。

「滝川!?」

 堂城は、滝川の名前を大きな声で呼び続ける。

 しかし、彼女は、振りかえることなくそのまま出て行った。

 すると、隣で黙ってその様子を見ていた昴が、ゆっくり口を開く。

「…堂城さん。これが、現実ですよ?」

「!?」

 昴は、堂城の真横をすり抜け、そのまま窓辺に歩を進める。

そして、悲しそうなに、青空を見上げる。

 でも、そこから紡がれた言葉は、堂城の心に重く、おもりのように。のしかかった。

「…堂城さん。人って、どうして人を愛するんでしょうか? そのせいで誰かを傷つけるって解っているのに…それでも、人を愛し、相手に自分を一番に愛して欲しいと思ってしまう。人って、時に残酷な生き物ですよね? 僕も含めて…」

 そして、そのまま首元に付けていた銀色のネックレスを外し、そこから小さなダイヤモンドが一つあしらわれた銀色の指輪を外すと、それを左手の薬指に嵌め込む。

「…堂城さん。貴方の言う通り、滝川さんの事を考えるなら、確かに、彼女には全てを伝えた方が、きっと彼女の為にもいいと思います。けど、場合によっては、真実を知らせない方がいい時もあるんです。その人が大切な人なら尚更。だって、そうでしょ? 人は、誰かを守る為に、嘘だってつくし、なんなら真実だって捻じ曲げる。その人の心を護る為に」

「!?」

 その瞬間、堂城の脳裏に自分がまだ「黒蝶」の編集者だった時の記憶がよみがえる。

<あの人に…渚くんだけには、私がここに居るを知らせたくないんです。私は、彼を渚君の為にも忘れないといけないんです。渚君がいまでも大好きだから>

★★

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