第36話

いまから丁度、一時間前、樹利亜から返信と同じタイミングで、鳴海坂昴からメールが届いた。

{今から、会えませんか?}

 だから、堂城は、昴を雫丘出版に呼んだ。

 そして、梨々花に、訳を話して特別に社内に入れて貰った。

『今日は、忙しい中、会ってくださり本当にありがとうございます』

『…鳴海坂。俺に、今更取り繕ってどうする?』

『それもそうですね? 堂城さん。自分結婚するんです。彼女の誕生日でもある12月25日に式を挙げるんです』

『…』

 昴の突然の発表に、堂城の頭の中に、彼の事を楽しく話す滝川春の事が浮かんできた。

{…堂城先輩! 昴さんが、今日、私に、微笑みかけてくれたんです。嬉しいどうしよう}

『…本当は、身内と自分達二人の友人数人だけを招待して行うはずだったんです。けど、灯が…あぁ! すみません。彼女が急に、6年ぶりに再会した親友とその恋人にも招待状を出したいって言い初めて…堂城さん?』

 昴は、急に、自分の事を睨みつけ始めた堂城の名前を呼ぶ?

『…鳴海坂。それも、計算だったのか?』

 昴の胸蔵を突然掴む。

 そして、壁際に押しつけた。

『お前たちは、自分達の俺達だけじゃあなくて、滝川春の恋心まで利用したのか? お前たちは、それだけでも人間か!』

『…人間ですよ? 僕も…渚も。それに、僕達は、滝川春さんの恋心なんて最初から利用なんてしてませんよ?』

 昴は、堂城の腕を掴み、逆に堂城を壁に押しつける。

『…犬塚梨々花さん? 素敵な方ですね?』

『…』

 梨々花の事を話題にされて、堂城は、何も言い返すことができなかった。

 この男は、俺と梨々花との関係まで調べ上げている。

 じゃあなければ、いま、ここで梨々花の話が出てくるわけがない。

『…堂城さんは、ブルースターって知っていますか? 星型をしたブルーの花がいくつも咲き誇るんです。そして、このブルースターは花言葉も、素敵なんですよ? 幸せな愛。どうですか? いまのあなたがたにぴったりだと思いますよ?』

 堂城を壁際から離した昴は、2枚分の招待状とどこから取り出したのかブルースターの花束を彼の前に差し出す。

 けれど、堂城は、どちらも受け取れず…ブルースターの花束を空中に投げ飛ばす。

『ふざけるな! なにがあなた方にぴったりだ!」

『そうですね?…確かに、堂城さんの言う通り僕と渚がしてきた事は、人としては、最低な行為です。でも、一人の女性を6年の間、愛し思い続けた渚の想いまで否定する権利は誰にもありません。例え、方法は間違えていたとしても…僕は、渚には、幸せになって欲しい。』

『…』

 堂城は、昴が、何を言いたいのか自分に何を訴えているのか手に取るように解ってしまった。

 けれど、いまそれを認めてしまったら…俺は、春ちゃんの純粋に鳴海坂昴を愛する気持ちを裏切る事になってしまう。

※Webサイト365日、花言葉の誕生日花、花言葉を参照。

『堂城さん。人を愛するのってなんでこんなに苦しんでしょうか? 誰かを好きになると必ず誰か不幸になる。それでも、人は、誰かを愛し、愛されようと強く想ってしまう。でも…』

 昴は、空中で砕け散ったブルースターの花びらを拾い上げる。

 そして、バックからピンクの薔薇(ブリザードフラワー)を一輪取り出し、拾い上げたブルースターの花びらと掛け合わせて小さなブーケ一つ作り上げた。

 ※ピンク薔薇の花言葉: しとやか、上品、可愛い人 美しい少女 愛の誓い

『滝川さんは、僕の表の顔、それも、初対面で見せたあの顔しか知れない。そんな彼女が、もし、自分の本当の顔を知ってしまったら、きっともっと傷つくと思います。それどころか、自分の恋を真剣に応援してくれていた渚の事まで裏切者だと思うかもしれない。それだけは、どうしても避けたいです』

『鳴海坂…お前、そんなにも滝川の事……』

 昴が、差し出したブーケを見詰めながら…堂城は、彼の名前を呼ぶ。

『…堂城さん。なにか誤解してませんか? 僕らの目的は、あくまで美緒さんの略奪なので。それ以外の行為は、彼女を略奪する為のおまけみたいなものですよ? それに、僕ですら、あいつにとって、もう用済みなんですよ? ひどいですよね? 利用するだけ利用して、最後の最後でゴミのように捨てて行くんだから。だから、僕が、貴方の前に、こうして現れるのは、これで最後です』

『おい! 鳴海坂…お前…泣いているのか?』

 どういうことだと問い詰めようとした堂城の制止を振り切って、昴は、深々く堂城に対して頭を下げる。

 そして、彼の胸元に向かってブルースターと薔薇で作ったブーケと招待状を押し付けた。

『…あいつは、不器用で、どうしようもない、最低な男なんです。でも…渚は、自分の事より人の幸せを一番に考える馬鹿で間抜けで心が澄んだ最高な男です。だから、本当なら、あいつにこの結婚を祝って欲しかった。そして、叶うなら、一緒に結婚式を挙げたかった。でも…あいつは、俺の幸せの為に、何も言わずに姿を消した。俺は…』

 押し付ける昴の目の元からは、涙は零れていた。

 その涙に、堂城は、泉石渚が、どんな気持ちで、鳴海坂昴の前から姿を消したか解ってしまった。

 けれど、それと同時に…堂城には、それが、渚から親友である昴への最後の別れに見えた。

『…けれど、堂城さん。おれ、やっぱり、あいつに一言言ってやりたいんです。俺は、後悔なんてしてないから、最後まで付合わせろ。それが、相棒の役目だろ! それが、できないなら、俺を巻き込むな。堂城さん。俺と一緒にあいつを引きずり出しませんか? だから、結婚式にきてください。俺は、そこにあいつを必ず連れてきます』

 そう言い残しして、昴は、部屋から出て行ってしまった。

 残ったのは、堂城と彼が、置いて行った2人の結婚式の招待状とブルースターのブーケ。

 そして、招待状に隠れるように堂城誠也様と書かれた一通の手紙。

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