18話 絶望

「ガオさん、あのモンスターって、そんなにやばいの?」


 ミナは小声で、ガオの耳元で呟くように言葉を発した。


「やばいなんてもんじゃないです……単純な戦闘能力でしたら、フェニックスやヒュドラよりも上です……」


 フェニックスとヒュドラもS級モンスターだ。

 しかし、前者は生命力、後者は毒が売りのモンスターらしく戦闘面では今の目の前にいる2体の方が強いとのことだ。


・何やってんだ

・早く逃げろ


 そのようなコメントが次々と流れるのだが、ここでイルはスマホに向けて笑みを見せる。




《イルside》


「皆! 私のアイドルっぷりを見ていて!」


 アイドルは常に笑顔でいないといけないと、人間を見て学んだ。

 それは今も同じだ。


 例え未知なる料理が目の前に並んでいたとしても、よだれを垂らしてかぶりついてはいけないのだ。


・2体はやばいって

・しかもそいつら、ヒュドラよりも強いぞ


「大丈夫だって!」


 配信が終わり、あの2体の肉を食せることを考えると、ついアイドルらしからぬ表情をしてしまいそうになる。


「さてと、じゃあサクッと倒しちゃうよ!」


 イルは右腕を前に突き出し、手の平をパーにすると、そこからフェニックスの炎を放出する。

 だが、2体のモンスターはそれを物ともしない勢いで、こちらへ突っ込んでくる。


「効かないの!?」


・やば

・敵わないって!


「仕方ない! だったらこうする!」


 右手の平と左手の平に火球を出現させる。

 そのまま体を回転させると、イルの周りには炎が渦巻いた。


 イルはその渦を体全身を使って、2体のモンスターに投げ付けた。


・そんなもんすぐに突破してくるって!


「大丈夫! 隠し味があるからね! 隠しじゃないけど!」


 イルは右手の平から、紫色のガスを炎の渦へと放出する。

 ヒュドラの毒を模倣したものだ。


「この毒を食らい続ければ、そこから出てくる力なんてなくなっちゃうんじゃないのかな!」


 2体共、渦の中で苦しみの声をあげる。


・あいつらに毒効くの!?

・ヒュドラの毒くらいしか効かないぞ


「ふふん! 大丈夫だって!」


 とは言っても、思ったよりもまだ元気そうなので、リスナーには見せられない技を使うことにした。

 イルは炎の渦の中へと飛び込んだ。


・ええ!?

・ゲームじゃないんだから、自分の魔法でもやばいぞ!


「皆! 心配ありがとう! でも、私は平気なのだ!」


 炎の渦の中で、両腕だけ触手にし、それをファフニールとヨルムンガンドの頭に突き刺した。


「これをこうして、よしっ! でーきたっ!」


 イルは腕を人間のものへと戻すと、炎の渦から脱出する。


・マジで平気だっただと!?

・嘘だろ……?


「えへへ! 裏技だよ!」


 イルは笑みを見せ、誤魔化した。


(そして! あの2体もう終わり!)


 先程、あの2体の脳を改造した。

 互いの本能に細工をしたのだ。


 その細工とは、ファフニールに向けては「ヨルムンガンドという種を絶滅させなくてはならない」という本能を、ヨルムンガンドには「ファフニールという種を絶滅させなくてはならない」という本能を植え付けた。

 これにより、近くにいる2体はこちらを気にもめず、殺し合いを始めるだろう。


 炎の渦の中はこちらからは見えないが、激しい戦闘の音が聴こえる。

 体を毒におかされているというのに、随分ずいぶんと元気なものだ。


 戦闘の音が止んだのを確認すると、炎を消す。

 フェニックスの炎を模倣した為か、イルの意思で消すことが可能だ。


 ファフニールとヨルムンガンドは倒れていた。

 炎と毒によるダメージで死んでしまったようだ。

 配信が終わったら食べるとしよう。




《吉村ミナside》


「何が起こったんだ?」


 おそらく、渦の中に入った辺りでイルが何かをしたのだろうが、一体何をしたのだろうか?

 ともあれ、S級モンスター2体を倒すとは、流石である。


(S級モンスターにビビらなくなってしまった自分が怖い)


 ガオやコメント欄を見る限り、本来であれば非常に危険な生物らしいが、イルのおかげでそういった感覚が麻痺しているのだろう。



「じゃあ、今日はこの辺りで配信終わるね!」


・おう!

・ヒヤヒヤしたけど、杞憂だったな

・また配信してね!


「うん! それじゃあ、またね!」


 イルはスマホに向かってそう言いながら、右手を振る。

 それを確認すると、配信終了のボタンをタップする。


「よし! いい感じだ!」


 ミナは思わず右手に力を込めた。

 登録者が物凄い勢いで、上昇しているからだ。


 そして……


「登録者1万人!」

「イルさん、流石っす!」


 それをイルに知らせると、イルは飛び跳ねながら喜ぶ。


「やった! この調子で100万人目指したいね!」

「そうだね」


 ここでミナはガオに言う。


「ガオさん、もし良かったら今度コラボしない?」

「どうしてっすか?」

「お返しって言ったら変だけど、ここまで来れたのはガオさんのおかげもあるからさ」


 ガオが売名をしてくれなければ、ここまで伸びたかどうかは分からない。

 その為、恩返しをしたいと考えた。


「じゃあ、お言葉に甘えるっす!」


 ガオが元気よく言うと、地面が揺れた。


「なんすか!?」

「地震?」


 次の瞬間、地面が崩れた。

 掴まる場所もなく、3人はそのまま真っ逆さまに落ちてしまう。


「うわああああああああああっ!」

「おっとっと! 大丈夫?」


 そのまま落下先の地面に叩きつけられれば、死んでしまっていただろう。

 イルはミナとガオを抱きかかえるようにして、着地をした。


「ありがとう」

「ありがとうっす!」


 ミナとガオは胸を撫でおろし、一安心する。

 だが、本当の絶望はここからであった。


 なぜならば、落ちたその部屋には多くの化物が生息していたのだから。


「う、嘘っすよね……?」

「こ、これは……」


 S級モンスターに慣れたイルでさえ、声を震わせる。

 それもそうだ、落ちたその部屋には壁や天井、あらゆる所にファフニールがいたからだ。


「何体いるんすか……?」

「分からない……」


 震えが止まらなかった。

 奥の部屋もファフニールで埋め尽くされているので、全部で1000体はいるのかもしれない。


「多いね!」


 だが、イルは笑顔で辺りを見回していたのだった。


「ファフニールは美味しかったけど、流石にこれ全部食べるのは飽きちゃうかな?」


 そんなイルであったが、多くのファフニールから集中攻撃を受ける。

 口から放出された炎は全て、イルへと向けられた。


「ミナ!」


 攻撃を受けている中、ミナは優しく微笑んだ。


「短い間だったけど、楽しかったよ!」

「イル……?」

「バイバイ!」


 イルは1つの細胞も残らず、完全に消滅したのだった。

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