第68話

「すみません! おそく……」

 須賀谷との会話を終え、真理華に呼ばれ、急いでホールに戻ると自分以外、全員がホールに集まっていた。

 その光景に、栞はなにごとかと思いながらも、自分のことを呼びにきてくれた真理華の隣に急いで並ぶ。

「全員そろってなぁ? みんな悪いなぁ? 片付け前に急に呼び出したりして!」

 栞が真理華の隣に並んだことを確認すると、樹が全員に向かって話し始める。

「いやぁ、それは全く構いませんが、どうしたんですか? 店長。急に話があるからホールに集合して欲しいって?」

 みんなを代表して、兼城が一歩に前に出て店長である樹に質問を投げかける。

 キッチンスタッフである、兼城と藤井は、ラストオーダーをキッチンで片付け作業をしていた。

 すると、いきなり内線で店長である樹に、今すぐホールにくるよう言われた。

「あぁ! 本当に誰にも言うつもりはなかったんだが。やっぱりお前達には伝える事にした」

「なにをですか?」

 兼城は、なんのことですか? 樹に尋ねる。

「勿論七橋のことだ! あいつは昨日づけでroseを退職した」

「えっ!」 

 樹の言葉に、栞だけではなく、兼城、そして藤井までが言葉を失う。

 しかし……

「あの?」

 他の3人が黙っている中、真理華がゆっくり手を上げる。

「どうした宇野?」

「どうして、七橋先輩は急にroseを退職したんですか? 一昨日まで普通に仕事されてましたよねぇ?」

 真理華には、なんで來未が突然roseを退職したのは、その理由が全く見当がつかない。

 それどころかなにが一体どうなっているか解らない。

「あぁそうか……宇野はなにも知らないのか?」

「ん? 何の話ですか?」

 樹の納得した表情、そして、言葉に真理華は益々意味が解らなくなる。

「……七橋なぁ? 婚約者に捨てられたんだよ!」

「……捨てられた? 振られたじゃあなくて?」

「あぁ! でも、ただす……」

「店長! 話してそれだけですか! だったら、そろそろ片付けに入りたいですけど? 時間も時間だし!」

 二人の間に、樹にはなしに黙り込んでいた栞が突然割って入ってきた。

「あぁそうだなぁ? じゃあ、皆には本当申し訳ないが、七橋が抜けた分、みんなの負担が今まで以上に増えてしまうが、頑張って欲しい」

 栞の割り込むに、真理華との会話を切り上げ、全員に向かって頭を下げる。

「……店長。頭を上げて下さい」

 樹が頭をゆっくり頭を上げると……

「……お前達?」

 そこにあったのは、樹に向かって両手で大きハートを作る栞たちの笑顔だった。

「バカ野郎! なにいい大人がよってたかって大きなハートマークなんか作ってんだよ! 30過ぎの男にむかって! やめろ気持ち悪い」

「いいじゃあないですか? あぁ! そうだこれ! クリスマスイベントでお客様と一緒にやりませんか?」

「いいね? 真理華ちゃん! やりましょうよ! 店長!」

 真理華の提案に、話の腰を折った張本人にでもある栞が乗っかる。

「勝手にしろ!」

「ありがとうございます。よかったねぇ? 真理華ちゃん!」

「はい!」

 もうどうにでもなれ! 

 樹は、目の前のことがもうどうでもよくなってきた。

 それでも……

「兼城!」

「あぁはい! なんでしょ?」

 呼ばれた兼城が樹の元に掛け寄ってくる。

 すると、樹は兼城以外の他のスタッフに向かって……

「兼城以外、今日はもうあがっていいぞ!」

「ちょちょちょとととてん店長!」

 まさかの発言に兼城は、思わず声を上げるが、樹はそんな兼城の言葉を無視してさらに、

「神林、宇野、藤井。よかったなぁ! 今日の残りの片づけを一人で引き受けてくれるらしいぞ!」

「本当ですか?」

「本当にいいです兼城先輩?」

 樹の発言に宇野と藤井が同時に反応する。

「あぁ! 兼城にはいまから、一人居残り試作させるから! だから、3人はもうあがっていいぞ! お疲れさん!」

「「お疲れ様です!」」

 樹の言葉に、嬉しそうに頭を下げ、ホールの出口に向かって歩き出し、そのまま振りかえることなくホールから出ていった。

しかし、そんな二人とは違い、栞はその場から全く動こうとしない。

「神林? お前も今日はもう上がっていいんだぞ」

 そんな神林に、樹は堪らず声を掛ける。

「あの? 店長?」

(もしかして、店長は、本当は來未がいま、どこにいるか知ってるんじゃあないか?9

「ん? どうした? 片付けのことなら本当に心配しなくていいぞ! 兼城に全部やらせるから! だからなにも気にせず帰っていいぞ!」

 樹の方は、栞が片付けしないまま自分達だけ帰ることを気にしていると帰らないでいると思い込み、そんな心配は必要ないとさらに念を押す。

「あぁ……はい」

 あぁ……これはもうこれ以上、この話題には踏み込むなってことですか? 店長?

 貴方は一体、來未のなにを知っているですか?

 栞は、兼城にばれない様に、樹の瞳を見る。

 そして、見てしまった。

 その瞳に……流れる一粒の涙を。

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