第42話

20時30分 華水駅

 仕事が終わり、皆と別れた兼城は、電信柱に隠れている人物に声を掛ける。

「もう出てきていいぞ!」

「…明希」

 自分の前に現れた瀬野明希に兼城は、彼に聴こえない様に小さな声で明希と呟く。

 しかし、その口元は全く笑っていない。

 寧ろ…どうして今更俺の前に姿を現した?

「薪。お前に訊きたい事がある? 來未…いやぁ? 七橋はまだあの店で働いているのか?」

「そんなことお前が聞いてどうする?」

「俺はあいつの恋人だ! 彼氏が彼女が居場所を訊いて何が悪い?」

 お前は、まだ、あいつを彼女と思っているのか?

「…七橋は、まだ、roseで働いてる! けど、あいつは明希、お前にはもう会わないと思うぞ!」

「なんだよ! あいつは俺の彼女だぞ! なんで彼氏の俺に会いたくないんだよ!」

 兼城の胸ぐらを掴む。

「はぁ…」

 そんな瀬野の行動に、兼城は、大きなため息をつきながら、彼に対して一番つらい言葉を口にする。。

「明希! 七橋はもうお前の恋人でも、彼女でもない。あいつにはもう別の恋人、いやぁ婚約者がいる。そして、その人ともう同棲もしてるし、なんなら来月には結婚式を挙げて本当の夫婦になる。明希! お前はもう七橋來未にとって赤の他人なんだよ!」

「…」

 兼城の言葉に何も言い返さない瀬野にさらに畳みかける。

「明希! あいつは、お前が自分に黙ってアメリカに行ってからもずっとお前からの返事を待ってたよ! 3年もの間ずっと! 解るか! あいつはお前の事が好きだったから泣き言も言わずにお前の事を待ち続けた。それなのに、そんなあいつの気持ちまでお前は裏切った。明希! お前に、七橋の名前を言う権利はもうない! それどころか! あいつの前に二度と現れるな」

「…解った。もう七橋の前には二度と現れない。だから、最後に薪、教えて欲しい? 七橋はいま幸せなのか?」

 たった一人の親友からの決別に瀬野は、悲しそうな顔で最後の質問をする。

「……明希。それ、お前が訊くのか?」

 勿論これも嘘。

「……そうだな? 薪?」

 弱弱しい声で兼城の名前を呼ぶ。

「く……いやぁ、もし七橋さんに会ったら、昔の知り合いが結婚おめでとうって言ってたって、俺の代わりにく……七橋さんに伝えてくれ!」

「……解った。明日でも、伝えておくよ」

「ありがとう。じゃあ、俺はもう行くから!」

 寂しそう背中を丸めながら、自分の元から離れて行く明希。

「…バカ野郎」

 俺だって、本当は、お前にこんな言葉言いたくない。

 けど、これぐらい言わないと七橋が報われないんだよ!

 そして、俺自身も。

 兼城は、寂しそうに、暗闇に一人消えていった消えていった親友に向かって、彼の姿が完全に無くなるまで、その場に立ち続けた。

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