第5話 赤青黄緑




 夕食はひとり飯。

 おれ仙道せんどう正彦まさひこには彼女が居ない。


「暇だ。彼女欲しい」


 言ってしまった。

 なるべくなら言いたくない独身男性の独り言シリーズでも上位に入る二つを口にしてしまった罪悪感たるやハンパない。


「動画でも観るか」


 タブレットを取り出す。

 お気に入りの探索者の配信動画を検索して、それが終わると『もしもおれだったら』を余韻が冷める前に全力で妄想する。


 だが諸君、もうじきだ。

 明日にはおれはデビュー戦を迎えるのだよ。

 さっそく先日ケータイにダウンロードした探索者専用アプリを起動して。


「ああああ分かってる。ケータイ、充電終わってるよね!」


 そろそろ現実を直視しなければならない。

 おれは意を決してケータイを充電器から外……そうとして一時停止。


「充電ランプ、点いてねえ! 青色じゃなくてもいいから、せめて赤色でいいから点いてくれよぉ!」


 これは終わったかも知れない。

 明日はデビュー戦じゃなくてケータイ買い替えかも知れない。

 その後で協会へ行って買い替えたケータイにアプリ入れて貰うところからスタートである。


「頼む!」


 諦めの悪いおれはまるで祈るようにしてケータイの電源ボタンを入れようと手を伸ばした。


「あ、れ……?」


 気がつかない内に主人公に殺されてた悪役みたいな声を上げて再度フリーズ。


―《Welcome to 【Other Dungeon】》―


 ホワイ?

 よく分からないけどケータイ生きてるじゃん。

 とりあえずホッと胸をなでおろす。


―《Initial setting. new challenger name【_ 】》―


 なんで英語?

 おれこんなアプリ入れたっけ?


「いやいやいやいや、もしかして落ちた衝撃で初期化しちゃったのかな。今まで通り日本語でオーケーですよ?」


―《Language settings…… 【japanese】》―


 おや、最近のAIはかゆい所に手が届きますね。

 いつの間にかおれの旧世代ケータイは音声入力にも対応していました。

 落ちた衝撃でアップデートしたのかね?


―《新規挑戦者の名前を入力して下さい【_ 】》―


 何だかよく分からないけど入れよう。


仙道せんどう正彦まさひこ_ 】


 いや待て。

 おれは今日から生まれ変わるんだから、昨日丸一日かけて考えた新たなる最強のソウルネームを名乗らなければなるまい。


赤青せきじょう黄緑おうろく_ 】


 どうかね、このセンス。

 いい響きだろう?

 全ての色彩の原点。人呼んで“全原色ゲーミングカラーの男”。


―《名前を仮登録しました。正式登録後24時間以内なら再設定可能です》―


 名前の覚えやすさ。小学生でも分かる漢字。

 見た目にも反映しやすく。派手で目立つこと間違いなし。


「つまり完璧で最強の名前ってことさ!」


―《固有霊格波形の認証登録を行います。画面に触れて下さい》―


 こゆーれーかくはけー、かな。

 どこの専門用語?

 このケータイこんな初期設定だったっけ。

 かなり前に一度しかやってないから覚えてない。


 ええと認証登録で画面に触れるんだから、つまり指紋認証みたいなもんだろうか。

 はいはいタッチしますよ。


―《登録を完了しました。登録者の状態とリンクします》―


 よし、うまくいった。

 これでアプリを起動すれば明日行くダンジョンの予約を取れるぞ。


「おれは登録したてのF級探索者だからな。カズ君の話だとソロで行けるのはF級までで、パーティ組んでもE級までなんだよなぁ」


 仲間は欲しい。彼女はもっと欲しい。

 けど仲間を募集するにもまずはソロでF級ダンジョンクリアが目標だぜ!


―《登録者とデータをリンクしました。ダンジョンへ挑戦して下さい》―


 持っていたケータイに妙な表示がされて、画面が切り替わる。


「んんん?」


 そこには見慣れたアプリの並んだトップ画面ではなく。

 複数のアイコンと、おれの今の格好によく似たジャージ姿のアバターが表示されていた。


「どういうこと……?」



―《【ダンジョン】new》―

―《【編成】new》―

―《【クエスト】new》―

―《【倉庫】new》―




◇◆◇




 おれは考えた。

 自分が納得のいく単純な答えを。


「きっとこれは探索者アプリが音声入力で表示されたに違いない!」


 アップデートすっげえなオイ。


 そしてダンジョンをタッチング♪

 せっかく起動したんだから善は急げ。予約が埋まったら困るからね!


「なんだコレ、おれがジャージでダンジョンに入っていくじゃん! もしかしてダンジョンシミュレーターみたいな感じ? すげえな探索者協会!」


 ドット絵にデフォルメされたジャージマンが洞窟へと入っていくシュールな光景が映しだされた。


《ザッザッザッザッ♪》


 何気に演出が古い。

 いやまあレトロな旧名作ゲームとかダウンロードしたやついっぱい入ってるし、好きだけどね?


「おお、懐かしの3DダンジョンRPGじゃねえか! ヤバい、これ絶対ハマるやつ。ジャージだけど」


 簡単に言うと、『ウィザードリィ』とか『メガテン』とか『世界樹の迷宮』とかのあれである。

※知らない人はゲーマーのお父さんに聞いてね?


「うおお、テンション上がってきた! ジャージだけど」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る