第48話

(そっか。零くんは、心の底から人を信用してないんだ。一人で生きって行くって決めたあの日から)

「あの? お茶冷めますよ」

「びく!?」

 いつの間にか元の口調に戻った零が、湯呑を指差していた。

 戦闘モードを抑え込み、彼と社長との電話の内容を思い出していた遼は、彼の指摘に一瞬反応が遅れてしまい、変な声を出してしまった。

「中学生の言葉になに動揺しているんですか? 冗談なのに」

「動揺なんてしてない」

 一言告げると、湯呑を手に取り、口元に持っていき、なにか毒など入ってないかにおいを嗅いでみたが、彼の言う通り緑茶のにおいがするだけで他に、変なにおいはしなかった。

「ごちそうさま。零くんは君なんか、勘違いしてないかな? 最初に僕と伊吹を見た時から」

 お茶を飲みほした遼は、机の上で腕を組み、零にこの質問をぶつけた。

確かに、Black Birdは、捜し物専門の探偵事務所。 但し、裏専門の。

だから、依頼内容も、罪を逃れて普通に暮らしている犯人を捜して欲しい。依頼内容には、私を裏切った元恋人を尾行してほしい。それ以外にも、表沙汰にできない人物捜しに、なんならペットの捜索、潜入などとある。

 なので、恰好も普通の探偵事務所と違い、溶け込みやすいように普段は依頼内容によって服装を変えているが、依頼人と最初に会う時やターゲットに接近する時は、礼儀でスーツを着る。

 でも、今回の彼みたいに自分達のスーツ姿を見て、探偵ではなくやばい人と間違える依頼人は時々いる。

理由は、スーツの色と探偵自身の見た目。まぁ、依頼人によっては、怖がらない人もいれば、怯えて話が一向に進まない場合がある。

その時は、依頼人が好みそうな格好に着替える。

「一之瀬さん。正直に答えても怒りませんか?」

遼の質問に、少し考えながら口を開く。けれど、目は笑っていない。

最初に零が自分達を瞬間、彼はこっちが声を掛ける前に走り去ってしまった。

そして、追いついて彼の前に立ったら、いきなりカッターとコンパスで首筋を切られそうになった。

「怒らないよ」

 遼が怒らないと告げると、

「本当ですか? 本当に怒りませんか?」

零が前乗りになって尋ねてきた。

「約束する。だって君は、社長の大事なお客様だからね」

「……そうですねぇ」

 小さく、それも悲しそうに呟き、元の位置に戻る。

「……零くん?」

消えそうな悲しそうな声に遼は、彼の名前を呼んだ。

「あぁ! すみません」

零は、慌てて頭を下げ、自分の頬を軽く叩いた。

「どうかしたの?」

明らかにさっきまでと様子が違う零に遼は、違和感を覚えた。

「……もしかしてBlack Birdってやばい所じゃありませんよねぇ? 例えば、表沙汰に出できない事を平気でやるとか……しませんよね? 自分が今から行こうとしている所って普通の捜し物専門の探偵事務所で、いま自分の目の前にいる一之瀬さんも殺し屋じゃなくて普通の捜し物専門の探偵ですよね? 勿論、電話で話した社長さんとあなたの相棒さんも普通の捜し物専門の探偵ですよね?」

(……社長が会いたいわけだ。こんな才能があるなら)

自分に零くんを迎いに行くよう頼んだ時の社長の顔は、原石を見つけたと言わんばかりに、にこやかな顔をしていた。

自分が社長室に入った時は、零くんが社長にまさに自分の過去を話し始める所だった。でも、社長は、零くんの声を聞いた時点で会いたいと決めていたらしい。

きっと、声を聞いた瞬間、なにかを感じ取ったに違いない。

そして、過去の話を訊いて確信に変わった。いま自分が、確信したみたいに社長も。

「殺し屋か。でも、そう思いたくもなるよね。片目を隠した男と銀髪で黒縁めがねを掛けた男がダークグレーのスーツ着ていきなり目の前に現れたら、誰だって殺されるって思うよね」

「……はい」

 素直に頷くと同時に確認なしに逃げた事を謝ろうと零が頭を下げようとしたら、遼が待ったを掛けた。

「これ、耳につけてもらっていい?」

「?」

 逃げた事を謝ろうとしたら、いきなり小さい袋を渡された。

「あの? 一之瀬さん。これイヤホンですか?」

 袋の中には、音楽、ラジオなどを聴く時に使用するイヤホンに細い棒がついたものが入っていた。

「イヤホンとは少し違うかな? これは、インターカムって言うんだ」

「インターカム? で、これでなにができるんですか?」

 袋からインターカムを取り出しながら尋ねる。

「零くん、事務所にはその携帯電話で掛けてきたの?」

 遼は、零が持つプリペイド式携帯電話を指差す。

「はい。けど、これは、亡くなった祖母の携帯なので、本当なら使用できないはずなんですが、契約があと2カ月残っていて、いま解約すると解約金が発生してしまうので契約が切れる十二月まで使うことにしたんです。あと、祖母はプリペイド式携帯電話を使用していたので使える額が決まってるんです。もしかして、インターカムって、携帯みたいに通話ができるんですか?」

 上限が残り少なってきていたので、自分の目の前に突然現れたインターカムが携帯と同じ機能があるなら、零にとっては夢の道具。

「できるよ。それも、携帯電話みたいに、一対一じゃあなくて、複数の人と一度に会話ができるよ。あと、誰にも聞かれたく話ををする時にも使えるよ」

 ニコッと笑いながら、零の質問に答える遼。

「すごい! 

「零くん。確認したいからつけてみてくれる?」

「はい!」

 俺は、外にいる警備員に聞こえないギリギリの大きさの声で返事を返すと、渡された袋から、インカムを取り出し耳につけた。

 すると、耳の奥から突然声が聞こえてきた。

『零くん? 聞こえる?』

 耳につけたインカムから聞こえたきたのは、自分の目の前にいる一之瀬遼。

 確かにインカムと呼ばれる物体から声が聞こえてくる。

 俺は、携帯で通話をするようにインカムに話しかける。

『一之瀬さん。聞こえます。これ、すごいですねぇ。本当に携帯みたいに会話ができるんですね』

『零くん。本当に嬉しそうだね?』

『はい。でも、このインカム、少し変わってますよね? 耳につけた瞬間、消えたんですけど? 確かにつけたはずなのに』

 インカムを耳につけた瞬間、その存在が消えてしまった。

けれど、確かに、自分は、耳に白色のインカムをつけたはず。

だって、その証拠に耳の奥から一之瀬さんの声が聞えてきた。

『このインカムは、特殊なインカムなんだ。つけた瞬間、その人物の耳に同化するようになってるんだ』

『同化!』

 インカム越しに聞こえてきた遼の説明に叫ぶ。

『うん。僕たちの仕事は、情報収集が大事だから、目立つものを身に着けているとうまく話しを聞くことができないんだ。それに、こんな見た目だしね』

 いま遼が、零に語った説明には嘘と真実が半分ずつ混ぜている。

 けれど、十三歳の彼は、その説明をすべて信じた。

『そこまで、考えているんですね。確かに、探偵ってあまり目立つものつけてませんもんねぇ』

『そうなんだ。だから、君の耳にもちゃんとインカムはあるよ。ただ、同化してるだけで。零くん。君が大丈夫ならそろそろ事務所に行こうと思うんだけど……」

 事務所にそろそろ行きたいとインカム越しに訪ねてくる遼。

 そんな彼に対して俺は、あえて彼の名前を叫んだ。

『一之瀬さん』

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