第36話

『お前さぁ? まさかと思うけど框翔吾の話、信じたわけじゃあないよなぁ?』

 翔吾が電話を始めたのを確認すると、零がインカム越しに朧に話しかけてきた。

 但し、翔吾には、訊かれたくないので、翔吾への通話は遮断してある。

『えっ?』

 零の問いかけに朧は、思わず首を傾げた。

『はぁ…それでもblackBartの一員かよ』

 その言葉に、零は大きなため息をつく。

『どういう意味だよ!』

 いきなりの探偵失格発言に、朧は意味が解らずインカム越しに怒鳴りつける。

 しかし、零は、そんな朧を無視して話しを進める。

『…あのなぁ? 框翔吾は、本当に捜して欲しいのは、天童穂積じゃなくて逸見ゆかりの方』

『そんな訳ないだろう! だとしたらなんで逸見ゆかりじゃあなくて天童穂積を捜して欲しいって嘘つく必要があるんだよ!』

 朧の疑問にバカの一言で返事を返した零に、朧は…カチンときた。

『なんだよ! さっきからこっちは真剣に訊い…イッタ!』

 急に目の前の視界が真っ黒になった。

 だけど、それはほんの一瞬で視界はすぐ回復した。

 しかし、次の瞬間今度は、左頬に痛みが走る。  

『少しの嘘を隠すなら大勢の真実の中に。そして、すべての嘘を隠すなら隠さずに嘘ごとに真実に。そしたらいつの間にかその嘘がなくなり全てが真実に上書きされる』

『!』

 朧は、左で頬の出血を止めながらゆっくり隣の助手席を見ると…シャツの袖に常に忍ばせている(勿論学校に居る時はばれない様に細工)サバイバルナイフに付いた自分の血を翔吾に見えない様にハンカチで隠しながら拭くゼロさんと目があった。

『…お久しぶりです』

 一夜零の裏人格で、その裏人格であるゼロさん表にが姿を現すのは、本人格である一夜零に危険が迫った時だけ。

 勿論、それ以外でも、ゼロさんが独自の判断で表に出てくる時も偶にある。

 しかし、基本的に零以外の興味がないので殆ど表に出てこない。

 でも、いま、そのゼロさんが表に出てきている。

『もういつも言ってるじゃん! そんな風に硬くならなくていいって。俺は、零の相棒でもきみの相棒でもあるんだから』

『……そうですよねぇ? で、今日はどうして表に?』

 ゼロさんを刺激しない様に言葉を選びながらどうしていま、ゼロさんが表に出てきたのかその訳を尋ねる。

 それどころか見た目は、零と瓜二つなのに、どうしても同じ人間に思えず、彼には敬語を使ってしまう。同じ17歳の一夜零なのに。

『えっ? そんなの決まってるんじゃあん』

『ゴク』

 朧は唾を飲み込む。

『…恋心を忘れてしまった可哀想な朧くんに恋心を思い出させてあげようと思って?』

「恋心? ですか?」

『うん。朧くんが今でも、亡くなった瑞穂ちゃん一途な様に、框翔吾も、また逸見ゆかりに恋心を抱いているんだよ! それりゃあもう長い間ずっと一方的に、彼女に恋をしていた。でも、そんな彼女が恋人して選んだのは、自分ではなく、幼馴染だった』

『……!』

 そういうことか?

 自分の初恋の相手だった女性逸見ゆかりさんが、幼馴染の天童穂積といつの間にか交際を始めていた。

 でも、框翔吾が許せなかったのは、二人の交際よりも天童穂積が逸見ゆかりを危険な場所に誘い込んだことだ。

「ゼゼロさん! 俺……わ」

「一夜さん! 朧さん! お待たせしました」

 朧の声をかき消すように、電話を終えた翔吾が声を掛けてきた。

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