第35話
瑞穂に告白しようと決めたある日。
いつものように、授業が終わりバイトに向かう為、帰る準備をしていたら、
「蜩、お前、春村の事好きなのか?」
と誰かが朧に話しかけてきた。
朧は、話し掛けてきた相手を確かめる為に、準備の手を一旦止め、うしろを振り向く。
「なんだ。早瀬か」
朧に声を掛けてきた人物は、クラスメートの早瀬累だった。
「蜩、お前その言い方ひどくないか」
早瀬は、朧から返ってきた「早瀬か」の態度に朧の肩を軽く。
「俺、バイトあるから」
自分の肩を叩いてきた早瀬を無視して、荷物を持って教室から出て行こうとしたら、今度は腕を掴まれた。
「お前と春村が怪しいってクラス中、みんな噂してるぞ」
… バキ …… バキ …… バキ ……
何かが崩れ落ちた音が、一瞬早瀬の耳元で聞こえた。
けれど、今日は朝から雨が降っているので窓は開いていない。
そして、教室には残っているのは、自分達と数人のクラスメート。
風が窓から入ってくることもない。だから、その影響で教室にある物が床に落ちる事はまずありえない。
教室に残っている数人のクラスメートも、何事もなかったかのように普通に会話を続けている。
(あれ、でも、確かに何かが崩れる音が……)
周りをキョロキョロしてもやっぱり変な所は見つからない。
「……累」
「!?」
キョロキョロしていたので、朧から普段呼ばれることない「累」と呼ばれ、一瞬反応が遅れてしまった。早瀬も朧の事を苗字で呼んでいるから。
「……お前らって男子が女子と話すだけで、怪しいって言うよな。はぁ……そんな事考える暇があるなら、もっと別の事に頭使えば」
「……」
さっきまでと明らかに違う言葉遣いに言葉を失う。
「じゃぁ、俺バイトあるから」
今度こそ、教室から出て行こうとしたら、
「蜩! ごめん」
言葉を失ったはずの早瀬が頭を下げてきた。
「なんで早瀬が俺に謝るんの? マジ意味わかんないし」
「だって、俺、お前の事、傷つけた」
「傷ついてないし。勘違いで謝られてもマジ迷惑なんだけど」
★
(ねぇ? 蜩くんってあんな感じだっけ?)
(うんうん。いつもは、もっと……)
(だよね。じゃぁ、もしかして、本当の蜩くんって……)
(えっ! なんかショック。私、蜩くんの事、優しくって、イケメンだし、運動できるから好きだったのに)
(私も。なんか裏切られた気分)
(本当。あ~ぁ! この事春村さん知らないんじゃない?)
(そうだよ。あの二人、付き合ってるんだから、春村さんに教えた方がよくない?)
(俺、春村さんと同じ中学だったから、春村さん本人連絡先は分かんないけど、友人の連絡先なら知ってる)
(じゃぁ、早くその子にメールして。取り返しのつかなくなる前に)
「!?」
完全に教室から出て行った朧を追いかけようと教室から出て行こうした早瀬の耳に「本当の蜩くん」「春村さん……メール」という単語が飛び込んできた。
そんな単語に気づき、立ち止まり声がする方に顔を向けると、さっきまで他の話で盛り上がっていたクラスメート三人が、自分達の話をしていた。
でも、よく目を向けると三人は、誰かにメールを送ろうとしていた。
早瀬は、咄嗟に三人に向かって叫んだ。
「送るな!」
「!?」」
朧が本当は怖いと、春村の友人にメールを送ろうとしていた三人は、突然聞こえた叫び声に一瞬、動きが止まる。
その隙に、三人の元にやってきた早瀬は、メールを送ろうとしていた男子の携帯を奪い取ると、メールの中身を確認する。
TO ●●●●
題名 報告
私達が、見ていた蜩くんは、別人。
本当の蜩朧は、うちらの事を下に見てる。
あいつは、仮面をかぶった悪魔。
春村さんは、あいつに騙されてる。
この真実を●●さんから春村さんに教えて欲しい。
(……なんだよこれ。あいつが仮面をかぶった悪魔)
メールには、朧の事を仮面をかぶった悪魔。そして、春村さんは、朧に騙されているから、この真実を教えて欲しいと書かれてあった。
メールを読み終わった早瀬は、怒りを抑え込みながら、メールをデータごと削除した。
そして、固まっている三人の前に立った。
「……早瀬くん?」
「……早瀬?」
早瀬が前に立った瞬間、やっと三人が動き出した。でも、状況が理解できないのか、ぼ~っとしている。
「携帯返す」
「……あぁ」
そんな彼らに(男子)に奪い取った携帯を返す。受け取る男子も「あぁ」としか言うだけで、メールが削除されている事には気づいていない。
「あいつは俺に怒っただけだ。本当のあいつは、優しくっていい奴だ。本当のあいつを知らないのに、自分達の勝手な判断で俺の友人を悪人にする奴は、俺が絶対許さない」
「……」
三人にそう告げると、今度こそ朧を追いかける為、教室から走り出した。
☆
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