第8話 まぶしい背中


 薬草を探しながら一人でのんびりと街の周囲を歩いた。

 道端や林の中など、薬になる草は案外多いものだ。

 僕は見つけたものを端から摘み取り、懐に入れていく。

 お、これは毒草のハシリトコナメか。

 こっちは、咳止めに使うバイキョウカだな。

 他には……あったぞ! 

 湿布薬に必要なハッカーロだ。

 次々と薬草が見つかるので僕は上機嫌だ。

 それにしても体が軽いなあ。

 大きく息を吸っても胸が痛くならないし、咳だってでない。

 健康ってすばらしい!

 それに、こんなに歩いているのにちっとも疲れないや。

 疲れないことをいいことに、僕はずんずんと道をすすんだ。

 やがて懐も薬草でいっぱいになったころ、ようやく僕はずいぶん遠くまできてしまったことに気がついた。

 ちょっと歩きすぎたかな?

 街からずいぶんと離れてしまったぞ。

 ここは林の中の道で、すぐ近くから川の流れる音が響いてくる。

 そろそろ帰ろうかと思案していると、とつぜん藪の向こうから二人組の男たちが現れた。

 汚い身なりで、形相も鬼のようだ。

 だが、小鬼などではなく正真正銘の人間である。


「てめえ、死にたくなかったら金を出せ!」


 うわぁ、追い剥ぎおいはぎだ!

 人生初だよ。

 前世でも見たことないもんなあ。

 素行の悪い生徒が集まる中学・高校だと、カツアゲなんてものがあったようだけど、僕はまともに学校すらいっていないのだ。

 あれも追い剥ぎと言えば追い剥ぎになるのかな?

 犯罪であることは間違いないだろう。


「なにをぼんやりしてやがる。さっさと金を出さねえか!」


 そんなこと言われても、リンにもらったお金はすべて宿の人に渡してしまったのだ。

 僕は一円も持っていない。

 それどころか、この世界の通貨単位すら知らないぞ。


「あいにくお金を持っていません」

「てめえ、俺たちを舐めてやがるな!」

「え……?」


 お腹にやけどのような痛みが広がった。

 見ると男が手にしたナイフが深々と僕の腹部に刺さっている。

 いきなり刺したっていうの?

 のんびりした世界だと思っていたけど、こんなにバイオレンスなところだったとは!


「素直に出さねえてめえが悪いんだからな」


 男はナイフを引き抜いた。

 あーあ、服が破れちゃったよ。

 でも体の方は何ともないみたいだな。


「いたた……。まったく、なんていうことをするんですか」


 僕は抗議の声をあげたのだけど、男たちは聞いていなかった。


「ど、どうして死なない……」

「こいつ、血も流していないぞ」

「ま、まさか、吸血鬼?」

「ば、化け物だぁあああ!」

「化け物じゃなくて、僕は土地神で……」


 男たちは僕を無視して、背を向けて一目散に逃げだしてしまった。

 ひどい目に遭ったなあ。

 でも、普通に刺されたくらいでは死なないことが証明されたぞ。

 お腹には傷跡もついていない。

 ただ、強烈に痛かったから二度と刺されたくないな。

 もう薬草摘みはこれくらいにして、リンのところへ戻るとしよう。

 落としてしまった薬草を拾い集めて、僕は宿屋へと引き返した。


 戻ってくるとリンはまだ床に寝転がってウンウンと唸っていた。


「遅かったけじゃない?」

「山賊に襲われたんだよ。金を出せってね」

「それでどうなったの?」

「お金なんてなかったから刺されちゃった」

「刺されたって……」

「すごく痛かったよ。服もこのとおり」


 僕はリンに穴の開いた服を見せた。


「体は平気なの? 傷は痛まない?」


 リンは匍匐前進で僕の方へやって来て傷口をあらためた。


「これでも土地神だから、ナイフで刺されたくらいなら平気みたい。もう痛みも引いて何ともないよ」

「よかった……」

「心配してくれたの?」

「あ、呆れていただけよ! あんたも神さまのはしくれなんだから武術くらい覚えなさい」


 武術って土地神の必須科目なのかな?

 山賊に襲われて逃げ回る神さまって言うのも情けないけど……。


「ライキだって襲われるたびに服が破けるのは嫌でしょう? 降りかかる火の粉は払わなきゃ」


 ここは前世の常識が通用しない異世界だ。

 いちおう法は存在するようだけど、法治国家には程遠いもんな。

 少しはまじめに龍星剣の修業をしてみるか。


「わかった、努力してみるよ」

「それがいいわ。私のためにもね」

「あ、僕を使って魔物退治をする気?」

「そうだけど、いまのままじゃ頼りなさ過ぎだよ」

「努力はしてみるけど、あんまり期待しないでね。それよりいまは湿布を作らなきゃ」


 お酒も布も部屋に届いていたので、僕は採ってきた薬草を摺って湿布薬を作った。


「最後に神力を込めて……よし、完成だ」

「ふーん、魔力じゃなくて神力を使えるのね」

「そりゃあ土地神だもん」


 はばかりながら、神さまのはしくれだからね。


「えーと、どうしようか……」


 僕は湿布をもって思案した。


「どうしようって、どういうこと?」

「店の人を呼んでこようかって話だよ。ほら、僕が張ってあげるわけにはいかないだろう」


 腰を浮かせかけたのだけど、リンにとめられてしまった。


「待って! 店の人は呼ばないで」

「どうしてさ?」

「だって、私は魔物との戦いで負傷したことになっているんだよ」


 そういえばそうだった。

 うら若き乙女が腰痛で苦しんでいる姿は内緒にしておきたいのだろう。


「じゃあ、自分で張れそう?」

「それも無理。手を伸ばすとすごく痛むの」

「だったら……」

「ライキが張って……お願い……」


 僕は土地神であり、地域の人々を見守る使命がある。

 この地域の人々というのには当然リンも含まれるわけで、よってリンの願いもまたなるべくかなえてやらなければならないのだ。

 つまりこれは僕の神としての試練なのだ。


「わかった。僕が張るよ」


 リンは無言のまま上着を脱ぐと、その下の帯を解いた。


「必要以外は絶対に見ないでね」


 泣きそうな顔になりながらリンが僕を睨みつける。


「約束する。よけいなことはしないし、なるべく見ないようにする」

「……ライキを信じるわ。うつぶせになるから腰のところまで服を降ろして」

「わかった」


 ゆっくりと服を降ろすとリンの白い肩が現れた。

  続いて二つの肩甲骨。

 そして、背骨に沿った窪みに集約するように腰がくびれていく。

 すべすべの肌をしているんだな……。

 もう少し下げればお尻の上部が見えてしまいそうなところまで服をさげて、僕は手をとめた。


「じゃあ、湿布を張るよ。冷たいと思うけど、我慢してね」

「うん」


 いたわるように、ゆっくりと湿布をリンの腰に置いた。


「あっ……」

「冷たかった?」

「ううん、気持ちいい……」


 うつぶせになっているのでリンの表情はわからないけど、肩の力は先ほどより抜けている気がする。

 きっと痛みが和らいでいるのだろう。


「替えの湿布も用意したから夜になったら交換してね。その時間になれば、もう自分でできると思うから」

「うん」

「もし無理なときはまた僕を呼んで」

「うん……」


 リンは言葉少なに僕を虎景山へと帰した。

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