第5話 強制モードは解除で
しゃっくりの子どもの家の人が供えてくれたのだろう、お酒と果物が祭壇に届いた。
それだけじゃない、豚肉と茄子の炒め物と大盛りのご飯もついている。
でも、こんなに食べられるかな?
病院食では考えられないくらい大盛りなんだけど……。
心配したけど、僕はすべてたいらげてしまった。
炒め物もご飯もとっても美味しかったのだ。
食べ物がこんなに美味しく感じられるって素晴らしい。
健康な体ってすごいなあ。
これほどの量を胃袋に納められるんだ……。
前世ではあまり食べられなかったからね。
夕飯が終わると本格的に書庫の点検をした。
ちなみに僕の趣味は読書だ。
だから病院の図書館の本はほとんど読みつくしてしまったくらいである。
この書庫にもさまざまな本が置いてある。
神専用のハウツー的な書籍も多い。
下級神なので力は弱いのだが、いちおうは神であるからして、こういった書物を読んだうえで修練すればさまざまなことを会得できるようだ。
前世では読書しかできなかったから、こんどはいろいろなことに挑戦してみたい。
せっかくだから趣味とかを見つけるのもすてきだな。
楽器なんてどうだろう?
ほら、楽器ができる男ってモテそうじゃない?
神さまになったけど、僕の煩悩は消え去ったわけじゃない。
やっぱり恋のひとつもしてみたいのだ。
ちょっと気が強そうだったけど、今日会ったリンはかわいかったよな……。
また呼び出してもらったら、こんどはこの世界のことをいろいろと教えてもらいたいものだ。
でも、僕が役立たずの土地神とわかったから、もう召喚はされないかもしれないぞ。
リンのことを考えながら本の背表紙を眺めていると『
取り出してめくってみると横笛の奏法について書かれた本であった。
笛は竹と道具があれば自作も可能だと書いてあるな。
竹は庭に生えていたし、作業場の道具箱には鉈や錐も置いてあった。
朝になったら作ってみるか。
することもなくて寝台に横になったけど、頭に浮かんでくるのはなぜかリンのことばかりだった。
***
目を覚ましたリンは魔力が元に戻っていることを確認した。
ライキを呼び寄せるために消費した魔力はすっかり回復している。
それどころか、じゃっかんながら魔力量が増えた気さえする。
修行の成果が出たのだろうか?
違う。
あいつの力に共鳴したせいで魔力が増幅したんだ、リンはそう結論付けた。
ライキとか言ったっけ……。
神だから実年齢はわからないけど、私とは同い年くらいにみえた。
土地神になったばかりだとも言っていたな。
なんだか
でも、悪い奴じゃなさそうだった。
神の中にも性格の悪いのは大勢いる。
だけど、ライキは子どもに対しても優しそうだったし、誠実そうな顔つきではあった。
と、ここでリンはハッと気がつく。
私、あいつのことばかり考えている……?
なんで私が土地神のことばかり考えているのよ!
大して役にも立たない下級神なのに。
私には一族の恨みを晴らすという大義があるのだ。
弱い神などにかかわっている暇はない。
リンは立ち上がって落ち着かなく部屋の中を歩き回った。
意識はしていなかったが頭の中ではまだライキのことを考え続けている。
そうはいっても、私が呼び寄せられる神はあいつだけだ。
戦闘用の式神というのも手元にはいるが、あれは神ではない。
術によってテイムした魔物の一種である。
そう考えればライキは貴重な存在と言えた。
あいつ、「君さえよかったらまた呼び出してよ」なんていっていたよね。
あれは本気かな?
もし私が今後もあいつを使役するのなら、あいつがどういう能力を持っているか確認しておく必要があるよね。
呼び出してみる?
でもでも、私があいつに会いたくて呼び出したなんて思われたくないし!
しばらく逡巡してから、リンは宙に魔法陣を描いた。
「この地を守る神よ、我が声に従い降臨せよ。急急如律令!」
***
朝から竹を刈り、笛を作成した。
慣れないことをするのは大変だね。
竹を刈ろうとして自分の手に鉈を当ててしまったよ。
幸いなことに僕は土地神。
鉈が当たっても傷つかず、血も出なかった。
その代わりものすごく痛かったけどね。
不器用ながら頑張ったので昼前に笛は完成した。
本当は乾かさなくてはならないようだけど、このままでも音は出るようだ。
本に書いてあったとおり作ったけど、きちんとできているかな?
さっそく吹いてみるとしよう。
「この地を守る神よ、我が声に従い降臨せよ。急急如律令!」
笛を吹こうとしたら体が引っ張られる感覚がして、僕は野原にいた。
目の前には昨日会ったリンという呪術師が僕を睨んでいる。
「やあ、また会ったね。また仕事かな?」
「そうじゃない。ただ少しあなたのことが知りたくて……」
そう言ってからリンは慌てて自分の言葉を否定した。
「別に興味があるわけじゃないよ。ただ、ライキがどんな能力をもった神なのかを知りたいの。今後も呼び出すかもしれないじゃない? その、使役する土地神として……」
ふむ、僕は使役される側なんだ。
自分の意に染まないことはしたくないけど、それが人々の役に立つことなら協力するのはやぶさかではない。
「ライキはどんな神さま?」
「どんな神さまっていわれても、ただの土地神だよ。地域の人々の声に耳を傾け、見守るようにって言われてる」
「具体的に何ができるの?」
それを聞かれるとちょっと心が痛んでしうまう。
「いまのところ特にないんだ。土地神になってまだ二日めだからね」
「そういえば、土地神になったばかりだったわね」
「うん。いまはこれを練習しようかと思っているんだ」
僕は作ったばかりの横笛を見せた。
「それが何の役に立つの?」
「役に立つというか、自分が楽しむため……?」
僕の言葉でリンは大きなため息をついてしまった。
「本当に神って身勝手よね」
「いや、神にだって趣味があってもいいだろう? それに、その神をただ働きさせる呪術師はどうなの?」
「なによ、私が悪いって言うの? だいたいライキは土地神なんでしょう? だったらもう少し住民にとって役立つことをしてよね」
なんだか怒られてしまった。
「でも、笛だって役立たない? みんなが聞きほれるくらい上手になれば」
「ダメダメ、そんなんじゃ」
リンは全力で否定してくる。
「じゃあ何をすればいいの?」
「そうね、呪術師への依頼内容は多岐にわたるけど、やっぱりお金になるのは魔物退治や病気治療ね」
それは住民にとってじゃなく、リンにとって役に立つってことじゃないのかな?
そう思ったけど、言葉には出さないでおいた。
それに魔物退治や病気治療も人々のためになることは間違いない。
「だけど、どっちも僕には無理だよ」
「少しは努力しなさい。土地神には地域の人を見守る義務があるのでしょう?」
そう言われれば一理ある気もする。
さて、どうしたものだろう。
これから格闘技や魔法の勉強をして、すぐに強くなるものなのだろうか?
「敢えて言うなら、ちょっとのことでは消滅しない存在だから、戦闘では多少の役には立つかもしれない」
「ふーん、そういう特性もあるのね……」
「うん、君の盾にくらいならなれるかもね」
いまのところ、僕の存在意義はそれくらいだろう。
ふと見ると、リンが顔を真っ赤にして息を荒げていた。
「どうしたの? 顔が赤いよ」
「か、勘違いしないでね。君の盾になるとか言われてキュンとしたわけじゃないんだよ。ライキを呼び出している間は私の魔力はどんどん減ってしまうの。それが辛くて」
「大変じゃないか。無理しない方がいいよ」
「神を使役するのって、思っていたより大変だった……」
リンは息も絶え絶えって感じである。
「あのさ、使役するんじゃなくて、普通に呼び出すことはできないの?」
「え?」
「僕を呼びだすだけなら、魔力の消費は少なくてすむんじゃない?」
「まあ、それなら。でも、使役できないなら呼び出す意味が……」
「べつに強制されなくても、僕はリンのために働くよ。それが君や人々のためになるのならね」
僕の言葉にリンはポカンと口を開けている。
「えーと、わかってもらえたかな?」
「わかった……、こんどからそうする……」
そろそろ限界なのだろう。
リンはますます顔を赤くしながら僕のことを虎景山へと戻した。
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