第4話 与える者とは


 いきなり体を引っ張られたと思ったら見知らぬ場所へ連れてこられた⁉

 だが冷静に考えれば、この世界には来たばかりだ。

 どこへ行っても見知らぬ場所か……。

 知っているところなんてひとつもないもんね。

 しかし、ここはどこだろう?

 広い家の中のようで、数人の人が不安そうに僕を見つめているぞ。

 特に目を引くのは目の前にいる女の子だ。


「私は呪術師クラウガ・リン。神よ、名を名乗られよ」


 僕を呼びだしたのはこのリンと名乗る女の子だろうか?

 かなりの美少女だけど、眉間にしわを寄せて僕を睨みつけているなあ。

 何か悪いことでもしてしまったのだろうか?


「名前を聞いているんだけど。それと、神さまで……合っているよね?」


 黙っているとリンは不安そうに問いただしてきた。

 どうやら自己紹介を求められているようだ。

 ずっと病院で暮らしていたので、僕は社会性に乏しいのかもしれない。

 今後はきちんと挨拶しなくては。


「あ、そうです。今日からグロウ地方の土地神になった長谷部礼記はせべらいきです」

「今日から?」

「はい」


 あれ、リンは頭を抱えてしまったぞ。


「新米の土地神だなんて、本当に魔力の無駄遣いだったかも……」


 かわいいけど声の大きな子だなあ。

 独り言がこちらまで聞こえてくるぞ。

 しかも、少し失礼な独り言だ。

 グロウ地方では土地神が敬われていないのかな?


「えっと……、僕は君に呼び出されたんだよね?」

「そうだった!」


 頭を抱えていたリンは僕に向き直った。


「土地神よ、あなたは治癒魔法を使える?」

「治癒魔法? そういうのはちょっと……」


 魔法なんてなにひとつ知らないぞ。

 僕ができることと言ったら台座に座って人々の悩みを聞くくらいだ。

 いまのところは……。


「もう少し高位の神を呼び出したらいいんじゃない?」

「それができれば苦労はしないよ」


 再び頭を抱え込んだリンに僕はたずねた。


「治癒魔法だなんて、誰かがけがをしたの?」

「そうじゃないわ。この子のしゃっくりがとまらないのよ」


 目の前の男の子が僕らを見つめながらしゃっくりをしていた。


「水は飲ませた?」

「もうやったって」

「いっぱい吸い込んでから息を止めるとかは?」

「それもやったみたい」

「耳に指を入れて押すのは?」

「なにそれ?」


 僕もしゃっくりがとまらなくなったことがあるのだけど、そのときに病院の先生が教えてくれたのがこの方法だ。

 男の子にことわりをいれて、自分の人差し指を彼の耳に入れた。


「こうやって耳の穴に指を入れてしばらく押さえると、迷走神経を刺激してしゃっくりを止められるんだって」

「迷走神経?」

「ツボみたいなものだよ」


 しばらく指圧してから、ゆっくりと指を引き抜いて子どもにたずねる。


「どう、まだしゃっくりはでるかな?」

「…………」


 無言で体をこわばらせていた子どもは不思議そうに首をかしげた。


「とまった」

「そっか、よかったね」


 両親は大喜びで僕たちを拝みだした。

 リンも満足そうにうなずいている。


「ありがとうございます、土地神さま! ありがとうございます、呪術師さま!」


 考えてみると、他人から感謝されることは生まれて初めてかもしれない。

 なにせ、前世の僕は人に迷惑ばかりかけて生きてきたのだ。

 不治の病で寝てばかりいた僕は、これまで人になにかを与えた経験がない。

 なにかを与えられる人というのは、きっと豊かな人なのだろう。

 物質的なことだけを言っているんじゃない。

 ちょっとした善意や好意だって、その人が健康で、心が豊かだから与えられるのだ。

 僕はこれまで感謝ばかりして生きてきた。

 病院の先生や看護師さんたち、そして両親にだ。

 だから、長谷部礼記としてはじめてお礼を言われて、ものすごく感動したのだった。



「土地の神に感謝する。戻られよ」


 リンが術を使う前に彼女にもお礼を言っておきたかった。

 こうして呼び出してくれなかったら、こんな気持ちにはなれなかったかもしれないのだ。


「ちょっと待って!」

「まだなにか?」

「ありがとう、僕を呼びだしてくれて」

「え……?」

「僕はなりたての土地神だから、なにをどうしていいのかよくわからないんだ。君さえよかったらまた僕を呼び出してよ」


 送還される前にお礼を言えてよかった。

 リンはなんだかモゴモゴ言っていたけどよく聞き取れなかったな。 

 気がつくと、僕は虎景山の自宅まで戻っていた。


 ***


 リンはライキを元居た場所へ帰したが、いまだに信じられない気持ちだった。

 呼び出したのにお礼を言われた?

 術によって強制的に使役されることを、よく思わない神は多い。

 術者が強力なら神も文句は言わないが、自分のような小娘が相手だと怒りだすこともあるのだ。

 ときにはハラスメントのようなことさえあると聞く。

 それなのに、あいつは私にお礼を言った。

 どういうことなのよ?

 しかも、また呼び出してほしいなんてことまで言っている。


「呪術師さま、ありがとうございました。これはほんのお礼でございます」


 村長から差し出されたのは紙にくるまれたお布施だった。


「土地神に供物を捧げることも忘れないように」

「それはもう。必ず」


 人気のないところまできて、リンは包みを開いて中身を確かめた。

 入っていたのは5000ピピン分の銅貨である。

 切り詰めれば二日分の食費にはなるだろう。


「あいつのおかげで助かったな。ライキっていったっけ……」


 ライキはどうしてまた呼び出してなどと言ったのだろう?

 まさか、私のからだが目的?

 仕事を手伝う代わりに性的奉仕を要求する神もあり、それほどめずらしいことではないらしい。

 だけど、ライキはそういうタイプには見えなかった。

 ひょっとしてまた私に会いたいから?

 そんなことは……ないよね……。

 すぐにでも問いただしたいリンだったが、彼女の魔力は再びライキを呼び出せるほど残ってはいなかった。

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