第3話 かみおろし


 グロウ地方のとある集落を一人の少女が歩いていた。

 誰もが認めるほど整った顔立ちをしているが、口元にはまだあどけなさを残している。

 淀みのない歩調で進む姿は活力にあふれ、歩くたびに赤みがかった茶色のセミロングが揺れていた。

 紫の帯がついた編み笠を目深にかぶり、小さな鈴を鳴らしながら歩いているところを見ると、彼女の生業は呪術師なのであろう。

 この世界の呪術師とは『なんでも屋』の意味合いが強い。

 魔物退治、失せ物・探し物、病気治療、天気予報など、できることはなんでもやるのが呪術師という職業である。

 リン・クラウガもまた魔物退治を得意とする呪術師であった。

 田舎道を無心で歩いているように見えるリンだったが、内心では少々焦っていた。

 財布の中身が底をつきかけていたのである。

 明日、明後日の食事代まではなんとかなるのだが、それ以降のあてはなかったのだ。

 ちょうど大きな屋敷の前に差し掛かったとき、リンは女中姿の女に声をかけられた。


「呪術師さま、少々よろしいでしょうか」


 キター! 

 随分と歩き回ったけど、ようやく仕事の依頼が舞い込んできたのだ。

 内心の喜びを表に出さないように、リンは威厳を取り繕って受け応える。


「どうされましたか?」

「この家の坊ちゃまのしゃっくりが止まらなくなってしまいまして。呪術師さまはその手の治療ができますでしょうか?」


 正直に言ってリンはがっかりした。

 この手の依頼の報酬は低いからだ。

 病気治療や魔物退治などは高額な報酬を期待できるが、しゃっくり程度ではたかがしれているだろう。

 だけど背に腹は代えられないし、困っている人を助けるのが呪術師だよね。

 リンは思い直して、子どものようすを診ることにした。


 しゃっくりがとまらないのは村長の孫だった。

 まだ七歳の男の子で、不安そうにリンを見つめながらも、ヒック、ヒックと辛そうにしている。

 聞けば、もう二日もしゃっくりが止まらないとのことだった。


「水は飲ませましたか?」

「水を飲ませたり、息を止めさせたり、やれることはぜんぶ試してみたのですがとまらないのです」


 子どもはベソをかきながら苦しみ続けている。


「大丈夫、すぐに治してあげるからね」


 若い呪術師として舐められないように張り詰めた顔をしていたが、子どもに向ける笑顔は慈愛に満ちたものだった。

 しかし、リンが得意なのは魔物退治であって病気治療ではない。

 私の式神は戦闘用だからなあ……。

 リンはごく初歩的な治癒魔法も使えない。

 ただ、まったくあてがないというわけでもなかった。

 リンは呪術の名家クラウガ家に伝わる秘伝書を持っている。

 その中には神を降臨させる秘術もあったのだ。

 リン自身のレベルが低いので高位の神を呼び出すことはできないが、土地の神くらいなら呼び出すことは可能だ。

 習得したばかりで実際に試したことはないが、こうなったらあれを試してみるしかない。

 下級とはいえ神なら、子どものしゃっくりくらいとめられるだろう。

 リンは自分の魔力を使って宙に魔法陣を描いていく。


「この地を守る神よ、我が声に応え降臨せよ。急急如律令!」


 呪文が終わるや否や空中に光の玉がいくつも浮かび上がり、それらが集まると何者かが現れた。

 きょとんとした表情で周囲を見回す姿は神らしくもなく頼りない。

 持てる魔力の半分以上を使って呼び出したのがこれ?

 リンは失望にめまいがするようだった。

 失われた魔力は一晩寝ないと回復しないというのに、これでは魔力の丸損ではないか。

 だが、人は見かけによらないという。

 神だって同じかもしれない。

 なんとも頼りない少年に見えるけど、これだって一応は神なのだ。


「我が名はクラウガ・リン。名を名乗られよ」


 半分諦めながら、リンは目の前の神の素性を正した。

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