第2話 虎渓山


 第二話 虎景山



 気がつけば僕は山の上にいた。

 山と言ってもすそ野のある山じゃない。

 ふもとから頂上まで断崖絶壁が一気に続く、塔のような山である。

 名を虎景山という。

 下から上までの高さはおよそ五〇〇メートル。

 スカイツリーより低いけど東京タワーよりは高いって感じかな。

 どちらも行ったことはないけどね。

 頂上は平らな台地になっていて平屋が一軒建っていた。

 ここが僕の家だ。

 家のつくりはアジア風とでも言えばいいのだろうか?

 日本や中国の建築様式のようでありながら、そのどちらでもない気がする。

 つまり、異世界風なのだろう。

 台地には家の他に小さな池があり、いけの畔には大岩があって、なぜかそこから清水が湧き出ていた。

 山頂なのに水が出ているなんて、ポンプでくみ上げなければ考えられないことだ。

 とはいえ、ここは神域である。

 なにが起きても不思議ではないのだろう。

 断崖の際に立って見下ろすと、眼下に集落と畑が点在しているのが見えた。

 僕の担当区域であるグロウ地方である。

 僕は土地神としてあそこに住む人々を見守るのが役目なのだ。

 そういえば僕の服装も随分と変わったな。

 死ぬ瞬間には病院服を着ていたのだけど、今は古代の中国っぽい恰好になっている。

 神さまというか、物語で読んだ仙人みたいな服装だ。

 家の前は庭になっていて、石の台座がしつらえてあった。

 ここに座ると人々の声が聞こえるらしい。


「父ちゃんが出稼ぎから早くかえってきますように」

「姑が私を虐めます。少しはやさしくなりますように」

「嫁がほしい! 今年こそなんとか縁談がまとまりますように」


 なるほど、人々の心の声がいっせいに聞こえてきたぞ。

 聞こえたところで、どうすればいいかはわからないのだけどね。

 たとえば雨乞いをされても、僕に雨を降らせる力はない。

 そういうのは僕よりも神格が上の神々の仕事なのだ。

 女神さまが言ったとおり、地域の人々の声を聞いているだけでいいのかな?

 それとも、もっとやらなければならないことがあるのだろうか?

 台座から降りてため息をつく。

 焦らなくても、そのうちいろいろとわかってくるだろう。

 時間はたっぷりあるのだ。

 僕はかなり長い寿命を授かったようだからね。

 肉体だってちょっとやそっとじゃ傷つかないらしい。

 もっとも、強い力がぶつかれば消滅することはあるみたいだ。

 神さまと言っても土地神は下級神、無理は禁物なのだ。

 とにかく次は家をよく見てみよう。


 家には五つの部屋があり、縁側もついていた。

 寝室、台所、書庫、居間、作業部屋である。

 飾り気はなく、どこも簡素だ。

 寝所には寝台、作業場には機織り機や道具箱がある。

 台所には祭壇があって、その上に食材が少しだけ載っていた。

 グロウ地方の住民が土地神にお供えものをすると、自動的にこの祭壇へ運ばれてくるようだ。

 人々の信仰心を高めて、お供え物が多くなればいろいろと手に入るのかもしれない。

 ただ、お供え物は生のお米や野菜ばかりだ。

 生まれてこの方、料理なんてしたことがないけど大丈夫かな?

 ここでは料理動画も見られないだろう。

 心配していたのだけど、書庫には蔵書がたくさんあり、料理の本も見つけた。

 パラパラとめくってみると、いろいろと美味しそうなレシピが書いてある。

 お、これは土鍋でご飯を炊く方法だな。

 さっそく試してみようか。

 神さまになったので、僕は食べなくても消滅しない。

 ただし、空腹は感じるのだ。

 同じように肉体は傷つかないのだけど、痛みはある。

 試しに自分の腕をつねってみたけど、普通に痛かった。

 ざっと見積もって、食材は四日分以上ありそうだ。

 味噌や醤油などの調味料もある。

 というか、この世界には味噌や醤油があるんだな。

 洋食よりも和食や中華の方が好きだから助かったかも。

 でも、調味料の残量は少なくなっているぞ。

 どこかでお供えをしてくれないかな……。

 土地神として人々の役に立たないとお供え物はもらえないのだろうか?

 でも、人々を助けるにしたって、彼らのところまでどうやって行けばいいのだろう?

 虎景山の絶壁を降りるのは不可能だ。

 死なないなら、この山を飛び降りるとか?

 だめだ、だめだ! 

 痛みは感じるんだぞ。

 そんな恐ろしいことはとてもできない。

 女神さまも新しい生活を楽しめと言っていた。

 人々のことはおいおい考えるとしよう。


「神さまになったわけだから、誰かにこき使われるなんてこともないしね」


 僕はそんな独り言をつぶやいたのだけど、それは秒で否定された。

 遠くの方で女の子の声が聞こえたのだ。

 やけに力強くて、凛とした声だった。


「この地を守る土地神よ、我が声に従い降臨せよ。急急如律令!」


 その声が聞こえたと思ったら体が引っ張られるような感覚がして、自らの意志とは関係なく、僕はどこかへ飛ばされてしまった。

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