神さま、ヘルプ! 急急如律令♡ ~呪術師の女の子がこき使うので、新米神さまの僕はのんびりできません

長野文三郎

第1話 僕は、僕という個を諦めきれていなかった


 先天的な病気が原因で、十七歳になるまでずっと病院暮らしを強いられてきた。

 そういう運命だったのだろう。

 僕の命はもう長くない。

そのことについては、もう諦めはついている。

 自分の体から刻一刻と生気が抜けているのがわかるのだ。

 両親や病院のスタッフには本当にお世話になった。

 こんな体の僕を両親は愛情いっぱいに育ててくれた。

 もうすぐ僕は楽になる。

 僕という存在がなくなれば、僕にまとわりつく苦しみも消えるだろう。

 同じように両親たちにも楽になってほしい。

いままでさんざん苦労を掛けたのだから、もう僕という存在から解放されてほしいのだ。

 だから最後に僕はもてる力のすべてを振り絞って両親に声をかけた。


「ありがとう、母さんと父さんの子どもでよかったよ……」


 この言葉を伝えられただけでもう満足だ。

 これ以上無理をすることもない。

 すべての未練から解放された僕は静かに目を閉じた。



 目を開けると雲の中だった。

 本当に雲の中なのかはわからないけど、そんな感じなのだ。

 足元はふわふわとしておぼつかない。

 そして、目の前には美しく、優しそうな女性がにっこりとほほ笑んでいた。

 あ、この人は女神さまだ。

 なぜか、何の説明もされないのに自然と理解していた。


「ハセベ・ライキ、辛い一生を送りましたね。お疲れさまでした」


 女神さまは労ってくれたけど、僕の心は清々しかった。


「死んでしまったせいでしょうか、疲れたという感覚はまったくありません。心身ともに軽くなった気がします」

「これからのことですが、あなたの魂は巨大な流れの中に入ります」

「どういうことでしょうか?」

「すべての動植物の魂と共に混然一体となり、新たな個体に生まれ変わるときを待つのです。当然ながらあなたという個は消滅します」


 寂しいけど、それも仕方がないのかな?

 思えば長谷部礼記になって、いいことは少なかった。

 思いっきり体を動かしたり、目標をもって勉強したりしたかったな。

 人の夢と書いて儚いと読む。

 なにごとも為せずに消滅するこの身が哀れだ。

悲しみに沈んでいると女神さまはこんな提案をしてきた。


「あなたは少し特別な魂を持っています。もしあなたが望むのなら、自我を消滅させずにすむこともできますよ」


 そんなことが可能なの……?

 それは人生をやり直せるということなのだろうか?

 もう病気じゃなくなるんだよね?

 困惑する僕に女神さまは優しく語りかけた。


「ライキ、土地神をやってみませんか?」

「土地神……? よくわかりませんが」

「地球とは違う異世界で、地域を見守る土地神をやってほしいのです」

「つまり僕が神さまになるということですか?」

「神と言っても神格は高くありません。最底辺と言ってもいいでしょう。ただし、行い次第では神格を上げていくことも可能です」


 地域の人を見守るって、お巡りさんみたいな感じかな?

 いや、それは人間の仕事か。


「むずかしく考えることはありません。人々は土地神にさまざまな願い事をするでしょう。ですが、すべての願いを聞く必要はないのです。気が向いたときに助けてやってください。まずは話を聞いて見守るだけでよいのです」


 それくらいなら僕にでもできそうだ……。

 不安はあったけど、僕はこの話を受けることにした。

すべてを諦めた気でいたけど、僕はまだ僕という個人を諦めきれていなかったのだ。

 楽しいことの一つもなく長谷部礼記をやめるのは悲しすぎるじゃないか。

 それに、どうせなら恋のひとつくらいしてみたいよ。

 心の中でそんなことを考えていたら女神さまは小さく微笑まれた。


「かまいませんよ。土地神が恋愛をしてはいけないなどという制約はありません」


 心を読まれるのって恥ずかしい!

 でも、僕がもう少し僕でいられるのなら頑張ってみるとしよう。


「そのお話、お受けしたいと思います」

「土地神は基本的に自由です。まずは新しい生活を楽しんでみてください」


 女神さまは慈愛に満ちた眼差しで、僕を新しい世界へ送り出してくれた。

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