水『君だけの星』

——煉瓦的微小立方体ナノキューブリックが降り注いだ日から数日後。


 朝、人々は目覚めると、奇妙な光景を目の当たりにした。


 家のリビングに、物置部屋に、車庫に、庭に、地球上の至る所に、高さ二メートルほどはあろう、乳白色の板が乱立していたのだ。いや、板はよく見ると、ただの板ではなく、太く頑丈なフレームめ込まれた、重厚感のある扉だった。そして人々はやはり、無意識のうちにその扉に引き寄せられた。大きな長方形と対面する。扉は開き戸だった。風は吹いていないのに、扉は蝶番ちょうつがいを軸に、前後にゆらゆらと開閉している。まるで、向こう側から誰かが、「こっちへおいで」と、言わんばかりに、である。僅かな扉の隙間からは、自然光が漏れ出ていた。


 人々には、心当たりがあった。


 煉瓦的微小立方体ナノキューブリックが、また変化したのだ、と。


 そして好むと好ざるとに関わらず、人々は皆、乳白色の扉を開き、向こう側へと足を踏み入れた。



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——大地と海と空。


 呼吸はできる。肌に触れる空気は冷たくも、暑くもない。浮遊感はなく、ずっしりと重たいわけでもない。人々の体は、いつもと変わらぬように、動けた。扉の向こうは、また別の地球だった。後ろを振り返っても、そこにはもう、乳白色の扉は、ない。扉だったはずの煉瓦的微小立方体ナノキューブリックは、今度は一人に一つの、地球を作り出した。つまり、各人は、地球を手に入れたのだった。各地球では、煉瓦的微小立方体ナノキューブリックが分裂と成長を繰り返し、世界が築かれていく。その光景は、爆発的な泡の膨らみとでも形容するべきだろう。瞬く間に、藍本オリジナルの地球と寸分もたがわない、街並みと、人を含む生物と、あらゆる非生物的物質が創造された。


 人々は、新たなる世界を、受け入れた。


 八〇億人が、それぞれ、八〇億の理想郷ユートピアを、独り占めした。


〈木『単為たんい生殖』に続く〉

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