火『煉瓦的微小立方体』

——八〇億人の蔓延はびこる地球。


 ある日、雲一つない空から、豆粒ほどに小さな謎の立方体が、たいそうゆっくりと、降り注いだ。


 模様一つない、乳白色の、精巧せいこうな直方体。その数、八〇億と一粒。八〇億人全ての手に、行き渡った。余った一粒は、人知れず地に転がり落ち、気づけば消えていた。


 人々は、それを手にした途端、なぜか無意識のうちに、頭の中に、己が欲するものを思い描いた。手のひらの上の直方体が、白き閃光を放ち始める。人々は期待に胸膨らませる。立方体はばらばらと崩れる。粉々になってしまう。手からこぼれ落ちる粉。地が白く染まる。


 人々は落胆しかけたが……

 

 元は立方体だった粉の広がり。そこから、ボコボコ、と音が鳴り始める。そして、急激に巨大化する。それは、ただ巨大化するのではない。目を凝らして見てみると、粉の一つ一つが分裂し、さらに成長しているのだとわかる。水平方向には、水面に浮かぶ微細な泡沫ほうまつの如く、垂直方向には、煉瓦ブリックの上に煉瓦ブリックが積み上げられていくが如く、拡張されゆく。


 ある者が手にした立方体は、車へと姿を変えた。また別の者の立方体は家に。ブランド物のバッグ、水、パン、銃、薬物、カネ。ありとあらゆるものが、生み出された。一つの立方体だったものは、人々の想いに応え、各人が欲するものに姿を変えたのだ。

 

 しかし、問題があった。車のエンジンはかからず、バッグのジッパーも開かず、パンは硬すぎて噛みきれないし、銃も撃てなかった。


 やはり人々は落胆した。

 

 立方体が変化へんげしてできた、車も、家も、ブランドバッグも、水も、パンも、銃も、薬物も、金も、放置された。それでもなお、立方体が色々なものに姿形を変える様は、目を見張るものがあったのは確かだった。


 人々は、空から降ってきた立方体を『煉瓦的微小立方体ナノキューブリック』と呼んだ。


〈水『君だけの星』に続く〉

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