蜩朧編 第1話 兄弟

第2話

1月4日 水曜日 20時(事務所自体はやっていない)

 捜し物探偵事務所「white:旧 BLACKBART」

「はい! おまえの分!」

「thank you」

 恭弥は、零から受け取った缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。

「それにしても、去年は、本当色んなことがあったなぁ?」

「そうだなぁ?」

 零も、自分の缶コーヒーを飲みながら、恭弥の言葉に同意する。

 本当、去年は、いやぁ? 時間にするとまだ2週間しか経っていない。

 だけど、二人にとっては1年間ぐらいに感じてしまう。

「けどまぁ? あの事件があったから、俺は……」

「……零?」

 突然自分の左肩に寄り掛かってきた零に驚き、彼の名前を呼ぶ。

「俺……あの日、あのまま死んでもいいと思ってた。この世に未練なんかなかったから。それよりも早く両親に会いたかったから。でもさぁ? 浮かんじゃったんだよ! 最後の最後に、恭弥? お前の泣き顔が」

「!」

 そんなの初耳なんだけど。

 むしろ、零を引き留めたのは、零の仕事相棒で、現在零と交際している蜩朧。

 あの事件の1か月後、零自身がそう教えてくれた。

 そして、同時に、蜩朧と交際してるんだと零から言われた時は、まさに青天の霹靂だった。

 それなのに、あの日の自分を救ったのは、朧ではなく、俺のそれも泣き顔だと零は、はっきり口にした。

「ありがとう! 俺を救ってくれて!」

「…零?」

 零の感謝の言葉に、思わず涙を浮かべる恭弥。

「お前、まさか泣いてんのか?」

 ニヤニヤしながら、恭弥のことを見つめる零。

「泣いてねぇし? ってか! お前の方こそ、涙目にになってるぞ!」

「はぁ! なんで俺が涙目になるんだよ! お前じゃあ、あるまえし!」

 涙目になった恭弥のことをからかおうとした零は、恭弥からの仕返しに、思わず声が裏返る。

「いやぁ! 零! お前は涙目になってる! その証拠に、普段のお前じゃあ、絶対口にしないキラーワードをお前は口にした」

「キラーワード? あぁ……殺し文句だろう?」

「そう? 殺し文句? その殺し文句をお前は、俺に言ったんだよ!」

「はぁ? 俺がお前に? いやいやいやいやありえなだろう! 朧にならともかく、俺が、お前に殺し文句言ってどうするんだよ! ってか? 恭弥? 両目赤いから?」

 まるで、母親が泣いている赤ん坊をあやすように、優しく頭をなでる。

 ※但し、恭弥の方が、零よりも身長が10cm以上も高いので、零は、両足をつま先を伸ばし、左手で屋上のフェンスを掴み、自分の身体を支えながら、右手で彼の頭をなでている。

「……恭弥。お前はこの9年間、いやぁ? それ以前から、ずっと俺の傍にいていつも俺のこと助けてくれた。だから、もうそんな嘘つかなくてもいいんだよ? お兄ちゃん!」

(……だから、それを殺し文句って言うんだよ? この無自覚、鈍感野郎!)

 自分の頭をなでながら、恥ずかしげもなく「お兄ちゃん」と口にする零に、心の中で「無自覚野郎」突っ込む。  

 だから、今まで言いたくても言えなかった想いを全てぶちまけることにした。

「そうだよ! 確かにお前の言う通り、俺はいま泣いてるよ! でもなぁ! 俺をこんな風にしたのは、一夜零! お前だ! お前は、いつも俺に心配ばっかりかけて、なのに、そのことを一切謝りもしないでこっちは、お前のことを常に心配してるって言うのに、それなのに、もうこの世に未練がないからあのまま死んでもよかった! ふざけるなぁ! 樹おじさんも由梨おばさんも、そんなの望んでない! 零! お前は、なにがあっても生きないといけない! 2人の為、いやぁ? お前のことを好きだと言ってくれた蜩朧、彼の為にも、前を向いて生きていけよ! そして、早く俺をお兄ちゃん(お守り)から解放してくれよ!」 

 そう、これからもお前の人生に、俺=幼馴染(義兄)はもう必要ない。

 それに……もう、俺が傍で護ってやらなくても、護ってくれる相手がいるだろう?

 だから、俺は……もういなくなった方がいいだろう?

 零。そして、蜩朧くんの為にも。

「恭弥」

「!」

 零が、恭弥の右手の薬指に、シルバーの指輪を嵌める(恭弥には見えないが表面に小さく二つの星が刻印してある)

「恭弥。俺の人生には、蜩朧だけじゃなくて、清水恭弥。お前もいなくとダメなんだよ! だから……これからも、俺の傍にいて下さい」

 まるで、プロポーズをするかのように、恭弥に頭を下げる零。

 そんなに、零の姿に、二人の幸せの為に零の元からいなくなろうとしていた恭弥は、零から貰ったシルバーの指輪を見つめながら、彼に見えない様に小さく笑みを浮かべる。

 そして、仕返しとばかりに、頭を下げている零の左手を取ると、自分の飲みかけのコーヒーを握らせ、

「……零。お前の気持ちは、嬉しいけど、公開プロポーズは、俺じゃあなくて、恋人の朧くんにした方がいいと思うぜ! 俺は、お前に、とってあくまで幼馴染兼兄貴なんだから! まぁ? 俺で一度、練習しておきたい気持ちはわからなくてはないけど」

 そう、俺は、あくまで幼馴染で、こいつの血のつながらない家族(義兄)。 

 そんな俺相手に、朧くんへのプロポーズの練習なんかするなよ!

「!」

 頭を下げていた零が顔を上げ、突然、恭弥に向かって、恭弥が握らせた飲みかけのコーヒー(恭弥の)を顔に投げつけてきた。

「なにするんだよ!」

 いきなりコーヒーをぶちまけてきた零に、恭弥は、ミニタオルで顔を拭きながら、「なにするんだよ!」と注意をする。

「……恭弥の鈍感バカ野郎!」

 もう一度、今度は、上着に向かって、コーヒー(零の)を投げつけ、恭弥を屋上に一人残し、屋上から走って出て行った。

「っぜぜぜ零!」

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