蜩朧編 番外編 やきもち

なつかわ

朧編本編 最終章 

最後のページ

12月25日 午後 6時

探偵事務所 「white」 旧(blackBart)

「風邪ひきますよ?」

 夜風が冷たい屋上のテーブルで一人、事務作業をしていた城谷純也の元にプラスチック容器に入ったホットコーヒーを2つ持った駒井悠馬がやってきて、そのまま、純也の真正面の椅子に腰掛ける。

「……なんだ悠馬か? 何か用か?」

 事務作業をしていた純也は、悠馬の声に気づき、ゆっくり顔を上げる。

「みんなと一緒に仕事しないんですか?」

 悠馬は、持ってきたコーヒーの一つを純也の前にに差し出す。

「ちょっとなぁ。 それに、あいつだって俺と一緒だと気使うだろ?」

 純也の正直な言葉に、悠馬は、黙ったまま彼の顔を見つめ返す。

「なんだよ!」

「あっ! すいません!」

 思わず謝ってしまう。

 しかし、すぐさま、笑いが込み上げてくる

「ふふふ」

「なに笑ってるんだよ! こっちは真剣に悩んでるって言うのに!」

 自分が悩んでいるのに、それに対して笑う悠馬に、純也は怒りが込み上がってくる。

「すみません! すみません! けど、先輩が悩んでいるように僕……いやぁ? もういです!」

 悠馬は言葉を切り上げ、突然椅子から立ち上がると、夜景(イルミネーション)が見える場所まで移動する。

 今回の黒鳥恭輔の事件で、事務所の名前および事務所ことについて、一切表に出なかったが、社長の名前がはっきり表に出てしまった。

 そのせいか解らないが、零くんは、鈴蘭学園に退学届け、いやぁ? まさかの自らの死亡届を送りつけ、本人死亡の形で学園を辞めた。

 勿論、零くん自身は死んではいないが、鈴蘭学園には、零くんが自分の命をかけて守ろうとした音風幸也くんがいる。

 零くんは、自分の死を偽装することで、その幸也くんに、裏社会から報復が行かない様にした。

 けどそれは、もう二度と零くんが、幸也くんに会えないことを意味していた。

 それでも、零くんは、幸也くんの未来を選んだ。

 そして、零くんだけではなく、蜩朧くんも、零くんが巻き込まれた2ヶ月前の事件のあと、一縷に突然「退職願い」を提出し、同時に、仕事で使っていたインカム、手帳、そして、一縷が朧くんの教育係をしていた時に、探偵のいろはを書いた一縷特製探偵ノートまで返却していった。

 朧くんは、去り際に、僕達、みんなにこんなことを言ってくれた。

『純真無垢で、いつも他人のことばっかり心配ばっかりして、それなのに自分のことは誰にも相談しない、だからこそ、俺もあいつの罪を一緒に背負いたんです。例え、あいつに嫌がられても』     

「先輩は、僕を一人前の探偵に育ってくれた恩人で、いまでも僕の憧れの探偵です。でも……」

 ゆっくりうしろを振り返り、純也に背を向ける、そのまま、夜景(イルミネーション)に向かって大声で叫ぶ。

「純也先輩の鈍感ばか野郎! いつになったら僕……いやぁ? 僕らのこと信用してくれるんですか?」

「!」

 悠馬の突然の叫び声に、純也は思わずその場に立ち上げる。

 すると、そんな純也の元に、悠馬が走って駆け寄り、そのまま純也に抱きつき、

「……純也先輩? だから、その……」

 言いたい言葉は、すぐここまで出ているのに、それを口に出すことができない。

「……悠馬。ありがとう。けど、俺ならもう大丈夫」

「!」

 ゆっくり、悠馬を引き離し、左手で彼の頭をポンポンと優しく2回叩く。

「護ってやれないといけないからなぁ? 馬鹿で、純粋で、だけど、少し寂しがり屋で独りでいるのが大嫌いな馬鹿な糞野郎の親友がつくった居場所を……」

 言葉の途中で、感極まって涙が流れる。

「……恭輔。お前は本当、馬鹿でまぬけで、けど、誰よりも優しくって、最高の親友だよ! だから安心しろ! 恭輔! お前が戻ってくるまで、お前の居場所は、俺が護ってやる!」

 そう高らかに、悠馬と夜空に向かって宣言にすると、彼に向かって、

「悠馬! 今から! みんなでクリスマスパーティーするぞ!」

「いいいまからですか!」  

 純也の突然思い付きに驚く。

 確かに、今日は、クリスマスですけど、俺たちはともかく、他の人には、予定があるんじゃないですか?

 城谷純也は、2ヶ月前、妻の由梨と離婚した。

 その理由は、自分が裏社会に復帰することで、妻を危険(報復)が及ぶことを防ぐ為。

 由梨は、最後まで離婚に同意してくれなかったが、最終的には、自分を危険に巻き込みたくない純也の気持ちを汲んで離婚に同意してくれた。

 それでも、完全に由梨との関係が切れた訳ではない。

 今でも、お互いの時間が会う時は、完全に二人っきりでとはいかないが、食事をしたり、出掛けたりもしている。

「そう! 今から! ほら? 早しないとみんな帰えちゃうぞ!」

 自分を置いて! どんどん階段を置いていく純也。

「待って下さい! 先輩!」 

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