第2話 最悪な出会い


桜の花びらが舞い散る中、柔らかな木漏れ日が心を包み込み、まるで俺の入学を祝福している様に見えた。

 俺、八王子純太は、かつて中学時代にモブキャラとして影に隠れていた過去を振り払い、今まさに高校デビューという華麗なる舞台に足を踏み入れた!…かの様に見えたのだが…にゃーと猫の鳴き声が聞こえた後、黒猫が勢いよく、俺の股を擦り抜けて行った。安心したのも束の間、ズボッと鈍い音が耳に響いていた。ドブだ…靴の中は、水が侵食されていた。

「はぁあ…不吉だ…」

 俺は、基本的についてない。おみくじや縁日くじ、くじ関係で当たった試しがない、中学の時、楽しみにしていた行事は、尽く雨、神よ一日ぐらい晴天の中で行事を楽しませてくれと何度願った事だろうか。今日は、いつもと感じが違っていた。玄関を開けると晴天が僕を迎えてくれていたからだ。神もこんな哀れな僕の願いを受け入れてくれた。そう思っていた矢先にこれだよ…神もよく試練を下さる…

 と肩を落とし項垂れていると前方に同じ様に片輪を脱輪させている軽バンが視界に入って来た。軽バンを汗だくになり必死に押している初老おじさんは、眺めているだけの黒髪ロング美少女に叱咤されていた。

「早くしなさい!セバスチャン!こんな所、誰かに見られたらどうするの!」

「申し訳ございません!お嬢様!今直ぐ何とか致しますので!ゔっおおお!」

 人通りの少ない道で脱輪とかご愁傷様な人達だ。恐らくさっきの黒猫が原因だろう、二件も事故を誘発させやがって。今度見つけたら説教してやる!はぁもうしょうがない…俺は、見るに哀れな二人に話しかけていた。

「あのー?お困りですか?」

 その声に反応したおじさんは、ホッとした顔をしていた。そして美少女は、鋭い目つきで睨んでいた。俺への視線に一瞬たじろいだ。

「お困りです!」

「セバスチャン!」

「お嬢様!ここは、この方の好意を受け入れましょう!そうすれば入学式に間に合います!」

「フンっ好きにしなさい!」

 お嬢様とやらをセバスチャンが嗜め、俺は、ドブに足を突っ込み軽バンを押し始めた瞬間、セバスチャンは、あらぬ声をあげた。

「あっ制服がっ!汚れてしまいます!」

「あー平気です!平気です!さっき一回落ちてるんで1回も2回も変わらないですよ!」

「なんて優しい心の持ち主なんでしょうーゔゔ」

「泣いてないで早く出しちゃいましょうよ!」と俺は、呆れ顔でそう言った。

「ゔっおおお!」僕達の声は、狭い道に響いていた。

 二人の力で何とか車をドブ川からあげる事に成功した。そしておじさんは自己紹介を始めた。

「申し遅れました。瀬馬拓郎と申します。この度は、お忙しい所、助けて頂きありがとうございました。このお礼は…」

 セバスチャンじゃないんだと思いつつ返答した。

「あっ俺、八王子純太です!大丈夫ですよ!俺も入学式で時間がないので…ってうわっもうこんな時間!」

 僕は、走り去ろうとするがセバスチャンに呼び止められた。

「お待ちください!多分行き先は、一緒だと…」

 おじさんは、お嬢様に目をやり、同じ黒を基調とした学園の制服だと気付き、俺は、なるほどと頷いて見せた。お言葉に甘えて車に乗車させてもらう事にした。

 ガチャンとボロボロなドアを閉めるとある事に気付いた。ドアノブと窓を開けるハンドルが付いていない…まさか…新手の誘拐!こんなに優しそうな老紳士が誘拐?あり得ないなんて事は、あり得ないのか…だとするとこの美少女も共犯なのか?いや…でも脅されてって可能性もあるか?

「八王子様が通り掛からなかったらどうなっていた事か…」

「ハウっ」

「どうかなさいましたかっ⁈」

 唐突に話しかけられて、あらぬ声を出してしまった。恥ずかしい…その声で我に返って車内を見渡し整備が行き届いていないのが分かった。さっきのドアノブもただボロいだけだと確信し心を撫で下ろした。

「心配なんか要らないわ、どうせこんな美少女と一緒の車に乗れて人生最高の日だぜとでも思ってたんでしょ。さっきからあなたの荒い鼻息が車内に充満して吐き気を催しそうだわ」

「そうでしたか。お邪魔をしてしまったようですね。申し訳ございません。」

 瀬馬さんそこは、恩人に向かって失礼ですよ!お嬢様!って嗜める所でしょうが!普通!まぁ誘拐の事で頭一杯じゃ無かったら思ってたかも知れないけども!

「いえいえそんな、入学式に間に合うか心配してただけですよ」

「フンッお臍からお茶が沸いちゃうわね。そんなあからさまな嘘、今も鼻息荒いわよ、そして臭いわ」

 鼻息が臭い?まだ口臭なら分かるけど鼻息が臭い?それもう胃が腐ってるよ!僕は、その腐った腑を煮え繰り返っていた。

「黙って聞いてりゃ付け上がりやがって!それが恩人に対しての言葉なのかよ!誰がお前見たいなナルシスト女の匂いなんて嗅ぐかよ!」

「ボロが出たわね、私の匂いを嗅がないでなんて一言も言っていないのだけど、後、唾が飛ぶから怒鳴らないでくれるかしら」

「うっうるせぇ揚げ足取るんじゃねぇよ」

「お二人共喧嘩は、やめて下さい」

「セバスチャンは、黙ってなさい!そんな事で取り乱すなんて恋愛学園じゃやって行けそうに無いわね」

 瀬馬さんは、美少女の一喝にしゅんっと縮こまってしまった。

「はぁ?何でお前にそんな事わかんだよ!」

「分かるわ、だってあなた粗暴だもの、あなたも取りに来たんでしょ?」

「ん?何を?」

「あなた!」

 勢いよく振り返る美少女は、驚きの表情を見せていた。

「なっ何だよ、いきなり」

「まぁいいわ、目的の無い人だっているものね」

 その言葉を皮切りに車内は、沈黙に包まれた。疑問は、あったが詮索は、しなかった。

 そして学園近くの人気の無い路地に軽バンは、止まっていた。

「瀬馬さん、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ助かりました」

「言い忘れていたけれど私がこんな軽バンで送り迎えしてもらってる事は、口外しない事ね」

「そんな事言ったって何の得もないしな」

「懸命ね」

 俺と美少女は、軽バンから降りた。

「八王子様少しお時間を」

「はいっ?」

 と俺は、振り返る、そこには、パンツ一丁の老紳士の姿だった。思わず目を覆っていた。

「なっ何してるんですか瀬馬さん」

「私ので申し訳ありませんがこれを」

 瀬馬さんは、スラックスを手渡してくれた。

「あっありがとうございます」

「お嬢様をよろしくお願い致します」

「はっはい」

 俺は、瀬馬さんの心意気に絆され思わず了承してしまっていた。ズボンを履き替え美少女の元へと走った。瀬馬さんは、深々と頭を下げていた。

「付いて来ないでくれる」

「行く場所一緒だろ」

「もう一つ言っておくわ学園では、喋り掛けないでもらえるかしら」

 美少女は、路地曲がると同時に髪を振り払った。

「誰が話し掛けるかっての」

 俺達は、距離を取り、学園へ入った。すると男子達が噂する声が聞こえて来た。

「おい!あれ見ろって!北条美月姫だぜ!」

「スッゲー美少女、あんな子と一度でいいから付き合って見てぇよな〜」

「無理!無理!あんな財閥のお嬢様なんか見向きされねぇって」

「そうか〜人生やり直して〜」

その声で彼女の名前が北条美月姫だと分かった。そして財閥のお嬢様である事も、これが俺、八王子純太と北条美月姫の最悪の出会いだった。

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