第2話 命知らず
大通りの石畳を歩いていた。すれ違う人たちの中に偶然知り合いを見つけるような状況ってある。大通りは誰でも歩いていいし、知り合いが偶然出会って立ち話をしてはならないという罪はない。話してることは誰かの悪口でもないし、話してる内容なんてものは他愛もないことであって誰も関心なんて持たない。単なる世間話し。
「やあ、マット。こんな所で出会うなんて奇遇だね。」
マットと呼ばれたのは自分のことだ。俺の名前はファシリ・モリレ。名前が長いので略してマットと呼ばれている。声をかけたのは俺の友達、生まれた所が近所だった腐れ縁というやつだ。
「おお、リボルタじゃないか。こんな所でどうしたんだい。」
「それがね。とても面白いことを見つけたので誰かに話したくて散歩してたのさ」
「へえ、それは何だい?」
「町の酒場で目撃したんだけどね、酒を飲んで大いに酔っ払った挙句に僕はこの国を立て直したいとか大法螺を吹いたんだ。彼って鍛冶屋のくせにどうやって国を立て直すんだよ」
「そんな人がいるんだ。僕も面白いことを知ってるよ。その人は毎日のように酒場に飲みに来るのは事情があるのさ。前々から奥さんに誕生日の日を教えられていたのにプレゼントを用意しなかったそうだ。そうしたら、奥さんが怒って夜ご飯を作らなくなった。それで毎晩、酒場に足を運んでる。」
「酒場と言えば、飲み過ぎて道で寝てる人を見たな。大酒飲みなんだって。」
「はっはっは、そんなことをしてるの?」
「彼はひどいんですよね」
彼らはどこかの友達の話をしていたんじゃないか。そこにドアを蹴り破り筋骨たくましい中年が出てきた。その男の手にはこん棒が握られている。
「この野郎、人の家の前で悪口いいやがって。どういうつもりなんだよ!」
まさにこん棒で殴りかからんとする所を彼の知人らしき人々が友達を監獄に送る訳にはいかないと静止する。
「離せ!この野郎、毎日、毎日、人の家の前で悪口いいやがって。その根性を叩きなおしてやる」
マットは起こった事態に何も気づかない。リボルタと顔を見合わせ予想外の出来事に驚いてみせた。
「リボルタ、この人は何を言ってるのか気が付くか」
「いいや、知らねえ」
騒ぎを聞きつけて近所の住民の人垣ができた。男は尚も怒気をはらんで顔を真っ赤にしている。近所の住民の一人が事情を問いただした。
「君、おやじさんはああ言ってるけど、君たちは毎日、おやじさんの家の前で待ち合わせをしているのか」
「いや、そんなことはないですよ。町で友達と偶然出会い、朝の挨拶や世間話をしてるだけなんですけど。」
おやじさんは頭から湯気を出した。
「俺は自分の悪口を言われたとか、世間話をしてるとか言いたくない。俺の家の前でデカい声を出したら寝れねえんだよ。いい加減にしろよな。」
「そんなことを言ったって大通りですよ。僕らだけじゃないでしょ。そこら辺中、煩いじゃないですか。煩いのが嫌なら引っ越すしかない」
住民の一人がおやじさんは疲れているんだと考えたようだ。
「おやじさん、この人たちは悪口言ってないよ。おやじさん、何か悩みでもあるんじゃないか。ほら、人ってさ悩みがあると世の中のことをそういう額縁で切り取って見るものだからさ。何でも悲劇の風景に見えちまうんだよ。そら、君らもここにいたらトラブルだからさ。早く行っちまえよ。」
「二度と来るんじゃねえぞ、この野郎!」
マットは足元から頭の先まで子細に眺めた。
「おやじさん、よく見たら手にこん棒を持ってるじゃない。それで何をするつもりなのさ。僕らを殴るつもりなの。今度やったら警備兵を呼ぶから。」
マットは行くぞと声をかけリボルタと現場を後にした。100m、200m離れて街角を曲がった所で堰き止めていたものが噴出した。
「あはは、見たか。あのおやじの顔!」
「あんなひどい人は珍しいね。」
マットは胸の前で手を組み言った。
「おお、神よ。今日もあなたに捧げものをします。」
マットは遠間から背を丸めて観察している。あいつの牙は思ったよりも鋭い。一匹になって辺りの警戒を忘れた時を待っていた。丁度、食事のことを考えているらしい。ターゲットにして弓を素早く放った。近寄ってみるとウサギと同じくらいの大きさのトカゲが倒れている。リボルタは狩りの匂いでも嗅ぎつけたように目ざとく現れた。
「やあ、マット。今日も咬みつきトカゲの駆除かい。」
「こいつは牙がそれなりに鋭いからな。近くに寄ると怪我をする。目や耳は退化してるようで遠間から仕留めるとあっさり逝っちまうという訳さ。リボルタのほうはどうなんだい。」
「今日も羊の毛刈り。もう、うんざりだ。」
「俺は冒険者になりたい。プールトンは田舎で咬みつきトカゲを駆除する仕事しかない。町に行けば、冒険者ギルドがあるらしい。冒険者ギルドに入れば、不思議で大きな冒険ができると思うんだ。リボルタは将来、何になりたいの」
「俺は昔から羊の毛刈りしか能のないやつでさ、この先どうなるとか、将来がどうなるかなんて考えたこともない。」
「自分の剣にはそれなりに自信がある。剣の腕があるから、危険なんて気にならない。もっと自分は大きなことができるやつだと思ってるんだ。」
「マットは村を出るのかい。寂しくなるなあ。準備は済ませているのかい」
「引退する少し前が最高の仕上がりだろ。よくできるようになるまで待ってられるもんか。準備なんてしてたら、俺は30歳になっても準備が終わらない。近いうちに村を出る。」
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