第三十一話 天王寺、岡山の合戦
翌、五月七日は家康が、
「今の裸城になった大坂城なら、三日で落とせる」
と豪語した三日目である。幕府側は、是が非でも大坂城を落とさんと進軍を開始。家康が
一方の豊臣方は起死回生の策として〝徳川家康、秀忠の首を獲る〟ことを目標にして大坂城の南、天王寺の茶臼山に真田信繁隊八千余が、その南方の天王寺口には毛利勝永隊六千五百余が布陣。岡山口方面には大野治房を大将に五千余。遊軍に明石全登隊の三百。
さらに、兵数で劣る全軍を奮い立たせるために、豊臣秀頼自身の出馬を要請していた。
その秀頼からは、『各隊は、秀頼出馬までは勝手に攻めてはならぬ』との指示が出されていた。ことここに至っても、秀頼は徳川方と和議の交渉を続けており、何とかして戦を回避したいと考えていたのである。秀頼は、そのためならば、如何なる要求も呑む覚悟を決めていた。
茶臼山方面に展開した徳川方は大和路勢三万五千余、紀州路を
忠直は無暗に戦うなとの指示を受けていた先日の戦で、状況によっては戦うべきところを判断もせずにただ傍観していた――と叱責された。それ故、忠直は汚名を
睨み合いに焦れた毛利勝永隊が、徳川方の本多
その様子を天守閣から見て取った秀頼は欄干を握り締め、怒りと失望を滲ませた声で、
「勝永ぁ……。信繁ぇ……。あれほどに言い含めておいたものを……何故、戦を始めたぁ……!?」
と呟いた。これでは和議は成り立たない。秀頼は背中越しに、傍に侍っていた近習に申し付けた。
「家康公に使者を出せ。〝
「ははっ」
近習はすぐに手筈に向かった。その様子を見ていた淀殿が、秀頼を止めた。
「なりませぬぞ、秀頼殿! 千姫は人質でもあるのじゃ。帰すなど、以ての外!」
「母上! ことここに至った今、人質など無意味にございます。千がいたとて、家康公は攻撃の手を緩めは致しませぬ」
「しかし……」
「母上も、乱世に翻弄される
「それは……そうじゃが……」
「某は、千に生きていて欲しゅうございます。家康公にお帰しするのです」
「秀頼殿……」
秀頼の固い決意を感じ取った淀殿は項垂れた。それは、秀頼が敗北を認めたことを意味していたからだった。その秀頼は、もう一人の近習に問い掛けた。
「千はどこに居る?」
「居室におわしまする」
「うむ」
そして秀頼は一人、正室の千姫の部屋へと向かった。部屋に入ると、秀頼に気付いた侍女たちが頭を下げた。秀頼は、彼女らに頷き返した。それから、千姫の姿を認め、声を掛けた。
「千」
「秀頼様」
秀頼を見た千姫が、今し方までの愁いを帯びた顔から、一瞬で嬉しそうな顔に変わった。未だ子がおらぬとは言え、二人の仲は悪くはないのだ。
「そちを家康公にお帰しする」
「何を仰せにございます! たとえ戦に負けようと、最後まで千は秀頼様とご一緒致しまする」
「ならぬ! そちには生きていて欲しいのじゃ。それ故、そちを帰すのじゃ」
「秀頼様……!」
「用意をさせた。直ちに城を出よ」
「秀頼様……」
「さらばじゃ」
「秀頼様!」
そう言って立ち上がり、背を向けた秀頼は、もう振り返らなかった。
先鋒として奮戦する毛利勝永隊は、瞬く間に乱戦となり混乱に陥った先陣において、徳川方の先鋒の本多隊を突破。本多忠朝はあえなく討ち死にした。勢いに乗る勝永隊は本多隊の助勢に駆け付けた第二陣の小笠原隊をも撃破し、その後方にいた榊原隊らも敗走する兵たちに巻き込まれ混乱、同様に第三陣までもが潰走。家康の本陣は手薄になった。
時を同じくして、松平忠直隊と戦っていた真田信繁隊は、忠直隊が大坂城攻略を優先したため、こちらも進軍を優先し、家康の本陣を目指していた。
混乱が
「大御所様! 敵兵が間近まで迫っておりまする! 避難を!」
「謀りおったな、秀頼の小童め! 和議なぞと言っておりながら、攻める機を見計らっておったのかっ!!」
「大御所! 今はまず、避難を!」
「ええいっ、狼狽えるな! 儂はここにおる! 儂が討たれても、秀忠がおる! そのための将軍じゃ!! 鼓を連打し、士気を鼓舞せいっ!! 何としても、このままに本陣を維持せよ! 今に増援が来る!!」
「ははっ!!」
本陣を動かぬと言い張る家康に、側近たちも覚悟を決めた。
そこへ真田隊が攻め寄せたが、何とか本陣が持ち堪えているうちに、散っていた諸隊が軍勢を立て直して参集、反撃を開始した。そんな中でも真田隊は三度に亘って突撃を敢行。家康本陣に肉薄したが、とうとう守備兵を突破出来ず、壊滅。真田信繁は退却中に討たれた。
やがて、兵数に優る徳川方が、豊臣方の各隊を駆逐。岡山口でも同様で、将軍秀忠の陣も一時は混乱したが、次第に豊臣方を圧倒した。
劣勢となった豊臣方はただ一人、冷静に状況を見て戦っていた勝永隊を殿にして、大坂城に撤収していった。
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