大坂冬の陣
第二十二話 勃発
淀殿の怒りを買った且元は裏切り者との誹りを受け、次第に居場所を失い、ついに慶長十九年十月、大坂城を出た。
大坂城では多数の浪人を集め、その数は十万人を超していた。彼らの多くは関ヶ原合戦以降に改易となった大名家の家臣であった者たちであった。彼らは、ここで武功を上げて秀頼の目に留まり、あわよくば再仕官することを目的に集まったのである。
中には大名家の当主であった
また、秀頼、淀殿らはいざ戦となれば、『豊臣の大事』と多くの大名家が味方になると思っていた。
しかし、すでに徳川幕府となって十年以上が経過しており、豊臣恩顧の有力大名も高齢となって、主だった者も、慶長十六年(一六一一年)に加藤清正が、慶長一八年(一六一三年)には池田輝政が、慶長一九年(一六一四年)には前田
豊臣方も孤立を深めていたのである。
そんな大坂方の騒擾を、京都所司代の
対する大坂方も、集まった浪人衆を含めると十二、三万人を数え、再び仕官することを夢見る者たちの士気は盛んであった。ただ、彼らは寄せ集めの〝烏合の衆〟でもあり、戦においての連携という面では心許なかった。
二条城に入った家康は十月二十五日に藤堂高虎と片桐且元を呼び、先鋒を命じた。
また、豊臣恩顧の大名である福島正則や黒田長政、加藤嘉明などは、参勤交代で詰めた江戸城に留め置かれた。関ヶ原合戦では勝利に尽力した彼らだが、それはあくまで石田三成を討つためであり、大恩のある秀吉の子、秀頼との戦ともなれば、豊臣方に寝返る可能性もあったからである。徳川家としては、未だに警戒すべき対象であったのだ。
しかしながら、彼らに代わって、その子らが大坂に参陣することは認められた。次世代の息子たちは豊臣に恩義はなかったからである。
十一月十五日、家康は滞在していた二条城を出立。大和路を大坂へと向かった。去る十月二十三日には秀忠は六万ほどの兵を率いて江戸を出立しており、河内路をとって大坂へ入っていた。
同月一八日、家康は先着していた秀忠と茶臼山の陣で落ち合った。陣幕内に現れた家康を見た秀忠は床几を勧めつつ、頭を垂れた。
「これは父上、ご無事で何よりでございます」
「うむ。秀忠は早う着いたのか?」
「は、二日前に。父上をお待ちしておりました」
秀忠は再び頭を垂れ、現在の状況を報告した。
「今のところ、大坂方にこれといった動きはございませぬ」
「監視を怠るな」
「はっ」
「地図は?」
「これに」
机上に広げられた摂津の地図を眺め、家康は木津川と尻無川の合流地点を指差して言った。
「ここじゃ。誰ぞに命じて、この
「穢多崎砦でございますか?」
「ここを捨て置くと、面倒じゃ」
穢多崎砦は大坂城を護る砦の一つであった。ここから海上を川へと遡り、大坂城に物資を搬送する際の拠点でもあったから、徳川側にしてみれば目障りな砦だったのである。
「昔、信長公が申されておった。大坂城が石山本願寺じゃった頃に、兵糧断ちを行ったおりのことじゃ。摂津の海、全てを封鎖は出来ぬ。毛利の水軍に隙を突かれて、兵糧を運び込まれたとな」
「はあ……」
「全てを抑えるのではなく、要所要所だけを押さえるべきじゃったとな」
「はっ。かしこまりました」
家康の昔話に、秀忠は頭を垂れた。
一方の豊臣方でもどのように戦うか、軍議は揉めに揉めた。
「出陣いたし、むやみに兵を失うことはない。ここは大坂城に籠城すべし」
宿老筆頭の大野治長ら豊臣家臣団は端から、堅城である大坂城を頼りに籠城を主張。
「籠城は最後の手段。先ずは城を出て、敵を迎え討つが上策。秀頼様の出陣あらば、兵の士気は否が応でも高まりまする。然らば、徳川と言えど、物の数ではござらん」
対して、浪人衆代表の真田信繁らは、大坂、京都、大和を先に制して、関東から進軍してくる徳川方を近江の瀬田付近で迎え討つ策を提案した。徳川方を釘付けにしている間に、秀頼の名で諸大名を糾合。そして、徳川方と雌雄を決する――というのである。諸大名が味方に付かなければ、その時は大坂城に籠城し長期戦の構えで、やがて疲弊した徳川方から有利な条件を引き出す――と、硬軟織り交ぜた策を主張した。
「秀頼殿が先陣で戦うなど、身が危うい。以ての外じゃ」
我が子を心配する淀殿の言であった。
結局は、大野治長ら籠城派の策が採用され、真田信繁らは大坂城の弱点を補う砦などを造営することで妥協した。
十一月十九日。秀忠は、
総勢三千余の兵で攻め寄せる徳川勢に、久しく戦などしていなかった浪人衆は狼狽え、敢え無く砦は陥落した。
豊臣方は守将の
こうして、大坂冬の陣が始まった――。
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