第三話 小山評定――前夜
その後、十七日には五奉行の三人、増田長盛、前田玄以、長束正家の連署で『内府ちかひの条々』なる十三ヶ条の家康弾劾文を諸大名に送りつけ、石田三成側に付くように求めたのである。この弾劾文は、徳川家康が、豊臣秀吉の遺命に背いている――と
「ご報告いたします。大坂城西の丸に、毛利輝元公が入られたとの
「うむ。ご苦労」
「ご報告いたします。石田三成殿は各大名、特に大谷吉継邸に頻繁に訪れているとのことでございます」
「うむ。相分かった」
「ご報告いたします。各大名家にこのような文が出回っております」
「見せい」
「はっ! これに」
家康は次々と上がってくる報告を聞きながら
「これはどこから?」
「
「そうか。礼を申し上げておけ」
「御意」
このように、大坂城――石田三成側の動きは逐一、江戸城の家康に報告されていた。しかし、家康は江戸城を動かず、各地の大名に対して、『自陣営に加わるように、さすれば領地の加増を以って恩義に応える』――と綴り、加勢、もしくは自粛を促す手紙を送り続けていた。
七月二十一日、家康は江戸城を出発。当初の予定通りに諸将と会津征伐に向かった。上杉景勝を牽制するように命じていた
江戸に留まり続ければ、光成は用心して動かないかも知れない。勝算あり――と思い込ませる必要があった。
出立後も石田三成側の動向は絶えず報告された。やがて、去る十九日に石田側による伏見城攻撃が開始された――との情報を以って、石田三成の挙兵は疑いの余地なし――と家康は判断した。二十五日に
実は、それに先立ち、二十四日に家康は密かに黒田長政を呼んだ。
「黒田長政殿がお見えでございます」
「うむ。入って貰え」
「はっ」
「失礼仕りまする」
家康の近習に案内された長政が、家康の部屋に入ってきた。
「よう参られた。長政殿」
「は。
「うむ。婿殿に先に話しておこうと思うての」
黒田長政の
「はっ」
「実はの、石田三成が大坂で挙兵した」
「何と……」
「三成めは、秀頼様を奉じて、儂を討とうとしておる」
「家康様を?」
「明日、皆の者に話すが、儂に
「しかし、それでは……。秀頼様を奉じた三成が優位では?」
「うむ、それは分かっておる。されど、今、儂に付き従っておるのは、豊臣恩顧の大名ばかり。儂に与せよ――とは申せまい?」
「はい」
「婿殿も好きにしてよい」
「いえ、某は
「そうか! 儂に付いてくれるか」
「はい」
「これは嬉しい言葉よ。そこでな。明日、儂が皆の前で『去就を好きにしてよい』と申すから、婿殿は『家康殿に従いまする』と言うてくれるか? さすれば、他の者も同調してくれよう」
「はっ! 必ずや」
「うむ! 頼むぞ」
「はっ」
心底から嬉しそうな家康の元を辞した長政であったが、陣所の廊下を歩きながら、ふと、思い至った。
家康の娘婿――姻戚関係の自分が真っ先に名乗りを上げたところで、他の諸将が同じように家康に従うだろうか?――と。
そして――。
それに気付かぬ家康であろうか――と。
立ち止まり、暫し思案した長政は、そのまま福島正則の居室に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます