第四話 小山評定
「殿。黒田長政殿が、お目通り願いたい、とお越しでございます」
「何? 長政殿が?」
明日は出立、もう今宵は酒を飲んで、眠るだけ――と、福島正則は手酌で酒を飲んでいたところに、近習が声を掛けた。すでに結構な量の酒を飲んでいたが、酒豪を標榜する正則は赤らんだ顔をしてはいても、呂律はしっかりとしていた。
「今頃、何用じゃ? うむ、お通ししろ。それと酒じゃ。酒が足りん」
「はっ」
一旦下がった近習が長政を連れて、現れた。
「正則殿」
「おお、長政殿」
「お休みのところ、失礼仕る」
「まま、一献」
「は、頂戴致しまする」
長政はそう言って、酒杯を
「よい飲みっぷりじゃ。ささ、もう一献」
「いやいや、これ以上は話の後で頂きまする」
「何じゃ。勿体ぶりおって」
「某の手の者が掴んだ話でございますが……」
「勿体ぶらずに、早う話せ」
「大坂にて、〝石田三成挙兵〟との知らせ」
「何と? 三成の奴めが?」
「秀頼様を奉じて、内府殿を討たんとしておる由」
「秀頼様を担ぎ上げたのか!」
「秀頼様の名で、『内府殿を討て』と号令を掛けられたならば、正則殿は何と致しまする?」
「む……」
福島正則は小難しい顔をして、腕を組んだ。が、すぐに顔を上げ、
「
と、怒りを露わにした。豊臣恩顧の大名で武断派の筆頭と目される福島正則である。余程、文治派で五奉行の中核であった治部少輔――石田三成の官位であり、翻って、三成を指す――が嫌いと見える。
事実、この二人は何かと衝突していたが、言に優る三成がやりこめることが多く、正則は苦い思いを数多くしてきた。
「さすがは正則殿。では、内府殿に従い、上杉や三成と戦う――ということでよろしいのですな?」
「無論。此度はそのための出陣。それに変わりはない」
「それを聞いて、安堵致しました。これで心置きなく酒を頂けまする」
「おお、そうであった、そうであった。ささ、一献」
「頂きまする」
長政は、上機嫌になった正則の酒杯を受け、正則と遅くまで酒を酌み交わした。
翌朝、家康は諸将を集め、軍議を開いた。東北の各大名には、上杉景勝との戦闘を一時中断するように指示を出した。今後の行動が未定になったからである。
諸将には、秀頼様を奉じての三成挙兵、その総大将が家康と同じ五大老の毛利輝元であること、伏見城が西軍の攻撃を受け始めていることなどを詳細に伝えた。三成が在坂する各大名の妻子を人質にしようとした――との情報もあった。
その上で、
「輝元・三成に付くか、このまま、この家康に従うか? そなたらの去就は自由である」
――と宣言した。
あくまで、家康は天下の家老、豊臣秀頼の代理としての立場で会津征伐のために小山まで来ており、随行してきた彼らの主君は秀頼であったからである。それが豊臣恩顧の大名とあれば、なおさらである。
事態に動揺した諸将は互いに顔を見合わせた。特に、領国の小さな大名たちは、他家の動向に注目した。迂闊な選択をすれば、一捻りで潰されてしまう。小大名と云えど、家と家臣たちは護らねばならない。
続けて、
「輝元・三成側に付くのであれば、早々にここを立ち去られるがよかろう。すぐに追撃はせぬ。安心して去られるがよい」
と、家康は最後通告とも取れる言を発した。これを聞いた福島正則は、腰掛けていた
「内府殿。某は内府殿に従い、分を
と、声高に意見を述べた。
ここだ――。
ここが声の上げどころと見た長政が、正則に追従して声を上げる。
「某も正則殿と同じく、三成を討ちとうございまする」
これに、豊臣恩顧の有力大名たち――細川忠興や
「石田三成、討つべし」
「三成、討つべし」
と声を上げた。家康は嬉しそうに、また、鷹揚に頷いてみせた。
この場、この雰囲気で『大坂方に付く』などとは、とても言えない。小大名らは日和り、『三成、討つべし』と賛同した。
「大坂へ向かい、東海道を上るならば、道中の拠点が必要でございましょう。某の
「おお、山内殿。かたじけのうござる」
家康は一豊に感謝の意を伝えた。
「では、大坂に戻り、石田三成を討つ――。皆の者、それでよろしいな?」
「御意!」
「これより上洛し、三成を討つ!」
「おおっ!」
「内府殿に
福島正則が家康に、自分を先鋒に命じるように要請した。すでにして、血気盛んである。
「その心意気や、よし。では、福島殿を先鋒に任じよう。池田輝政殿、
「ははっ!」
「ならば、某の
「それでよい。まずは清州に入り、指示を待たれよ」
「はっ!」
「軍議はこれまで。各自、務めを果たされよ! 」
「ははっ!」
「では、解散」
とりあえず、豊臣恩顧の大名たちの協力を得ることが出来た。
まったく、一苦労じゃ――。
広間を出ていく諸将を見やり、家康は内心で、ほっ、と息を吐いた。
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