第6話ピンチはチャンス


「貴方は一体誰だ・・・?」



静まり返る寝室で、彼の低い声がやけに響いた

先程まで私に向けていたニレの視線は鋭く、動揺してしまう


寝室を照らす小さなランプの光に反射して、彼のスフェーンの瞳が、やけに冷たく感じ、正直言うと内心ビビっていた。



さぁ、どう返事を返したらいいものか。


実際今の私は紛れもなくゼニスだ、違うのは中身だけで、記憶だけしか変わらないのだから、もうこの際ヤケクソでゼニスだと言いたい。


だけどこの得体の知らない魔道具を着けられたせいで、正直どう答えたほうが正解なのか、とても悩んでいた


いっその事、どうにか曖昧な返事で誤魔化し、ニレに動揺を見せないように小さく微笑んでみせれば、一瞬だけ彼の鋭い瞳が眼鏡の奥で揺れたのが分かった。




「ニレ、私は私だよ?」



先程のニレと同じように、声のトーンを下げて声を出してみせれば、思ったより声に威圧感が出た。


この返事だと、私なのは本当だから嘘発見器が反応する事はない。

小さい脳みそで考えだした返事が、ちゃんと通用するかは分からないけれど、なんとか今の所は何も起きない。


「…そうですよね、失礼しました」



「それはいいけどさ、ほら…コレを先に外してくれない?ニレに相談したいことがあるけど、こんなの付けてたら怖くて話もできないよ」



なんとか、いつものゼニスらしく対応してみれば彼の鋭かった視線も、徐々に消えていき、結構あっさりと引いてくれたようで私は小さく息を吐いた




ニレは冗談だと言っていたけど、王族であるゼニスに怪しげな魔道具を使うなんて、なんてやつなんだ


私の腕からリングを外していくニレの姿を、恨めしく見つめてしまうのはしょうがない

まぁ、昔から天才は変わり者が多いって聞くから、きっと彼もその1人だろうな



「ねぇ、結局この魔道具って何も起こらないやつだったの?」


「いいえ、殿下が偽りを述べれば、すぐに電撃が落ちる様になってます。本物です」


「…は?そ、そんな危ないやつを私に装着したってこと?アンタ正気??」


「正気も何も、殿下がもしも偽りを述べても、実際に電撃が落ちる前に、王族の防御魔法で無効になります。なので殿下が傷つく事は絶対にありません」


「あぁ、そっか…いやいや!それでも危ないよね?」


「さすがにしがない伯爵家の僕が王族、ましてや殿下を傷つけるなんてありえないでしょう」


「……あんたは本気でしそうで怖いわ」




なにがしがない伯爵家だ、ジュエル隊副隊長にして、王宮で研究室まで持ってる人材ではないか。

伯爵と言っても、権力はそこそこあるでしょうに


ゼニスの防御魔法の事を、すっかり忘れていた私も私だけど正直、本気で怖かった…


やはり、ニレは天才だけど変わり者だ


だけど、こんな時だからこそ、ニレが私に会いにきてくれるのは好都合だった


彼は大体の物はなんでも作れる天才。

彼に作れない物はないとまで言われているのだから、私は最後の賭けをしたい


外れたリングを鞄にしまい込んでいる彼の名前を呼べば、彼は赤い髪を揺らしてこちらを見た



「ニレに作って欲しい物があるんだけど、頼めるかな?」



「えぇ、殿下の頼みであればお作りいたします。しかし、殿下が私に魔道具の依頼とは、珍しいですね」


「まぁ、たまには私も作って欲しい物を言っておこうと思ってさ」


「ええ、殿下の為に精一杯作らせて頂きますよ、何を作ったらよろしいですか?」



「うん、実はね。ニレに性別転換できる魔道具を作ってもらいたいんだけど、できるかな?」



私はこの、なんでも作れる天才を見て閃いたのだ、私の側近であり、王族御用達の彼に不可能はないという事を。




「…殿下、もう一度よろしいですか?」


彼は眉を顰めると、なんとも言えない表情を浮かべていた。

まぁ、いきなり性別転換できる魔道具を作ってほしいなんて言われたら、そうなるよね


けど、私にとってそんな反応はどうだっていい、問題はこれを作れるか作れないかだ



「ん?だから女性になれる魔道具を作ってくれないかな?」



「…女性に、ですか…?」


「うん、私が女性になれる魔法具を作って欲しいの」


「殿下、なぜそんな物が必要なのでしょうか…?」



「そんな物…?ニレあのさ、作れるのか作れないのかで答えてよ」


「もちろん、作れますが」


「作れるの?!え、じゃあとりあえず理由は後でいうから先に作ってくれる?」


「…はい、わかりました、努力いたします」



一体どんな理由で私がそんな魔道具を使うのかを、気になるんだろうけど、説明がめんどくさくなり半ば強制的に話を進める事にした。


彼もなんだかんだ渋々折れてくれて、理由は後回しに、作ってくれる事になった



「ありがとう、それからこの事は内密にね」


「はい、承知しました」


「大体何日ぐらいでできそう?」


「人体の性別を変えるという事なので1ヶ月程はお時間頂くと思いますが、よろしいですか?」


「あぁ…まぁ確かにそう簡単な物じゃないもんね、仕方ない、大丈夫」


流石に性別を変えるだけあって1ヶ月はかかるそうだ、けれど普通に考えて1ヶ月で制作できるのは早い方だけれど




「できるだけ早くお渡しできるように昇進いたします」



やはり何を頼んでも彼は真剣に取り組んでくれるようで安心だ。

こんな天才が身近に、しかも側近であることに感謝しかない



「うん、よろしくね。ニレが私の側近でよかったと心から思ってるよ」



昼間の人生終わった感は、ニレのおかげで吹き飛んだ

実を言うと、そんなもの作れるわけがないと、断られると心配していた所もあっただけに、彼が大丈夫と言ったことに驚いていた。


ゼニスに対しても、変な魔道具を取り付けさせる変わった人だけれど、とても頼りになる逸材だった。


転生初日で最強の味方が手に入った私は今度こそ安心して眠れそうだ。



「明日から制作に入りますので、何かあれば伝達魔法でお伝えください」


そういって彼はまたカバンの中をゴソゴソとかきわけ、鳩の形をした指輪を差し出す


「これは新しく作った指輪型の伝達鳩です。この指輪に言伝してもらうと僕の元に届く仕組みになってますから、はいどうぞ」


なんだか可愛らしい指輪だけれど、伝達ができるとはなんだか画期的で面白い

早速彼から受け取り、人差し指にはめ込みむと、鳩の形が黄色く光った


「わ、光った?」


「はい、それでその伝達鳩は殿下を認識しましたので、何かあればその指輪に触れて連絡してください」


「分かった!…それにしても凄いねコレ、電話みたいな感じ?」


「でんわ…?」


私の電話という言葉に、ニレは可愛らしく首を傾げた

携帯電話の指輪版に興奮してしまい、ついつい地が出てしまった私は、我に変えると軽く咳払いで誤魔化した


「伝達で話すからでんわ、かなって思って…はは」


「…なるほど!でんわ、いい響きですね?今日からその指輪の名前はでんわにしましょう」



適当に言った意味だったけど、ニレは気に入ったようで、メガネの奥で目を輝かせている


とても気に入った様子で、何度も口ずさみながら次の研究でまた新しく作り直そうと1人で盛り上がっている、

なんだか彼の研究心に火がついたようで何よりだけれど、忘れないでほしい、先に性別転換の魔道具を作ることを…


 


「早速研究に取り掛かるので失礼します、殿下、いい夢を」



私が返事を返す前に、ニレは楽しげに寝室を去っていった。


1人残された私は、なんだか彼の勢いに圧倒されつつも、確かにニレが言っていた様に、いい夢でも見ようと、寝心地のいいゼニスのベットに横になった


「おやすみなさい」


誰もいない私だけの部屋に、ゼニスの柔らかな優しい声だけが響いた、くぅ〜やっぱりイケボだわ





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