第5話ニレ・スフェーン
柔らかい雲の上、私はふわふわと宙に浮いていた、こんなに心地が感触は初めてだ
優しい風が私の頬に当たり、改めて周りを見渡せば、そこは空の上だった。
だけど、全く怖くはなくて、むしろ居心地が良い。
この手触りの良い低反発マットの様な雲の上にいる今は、とても至福の時間だ
「か・・・で・・んか」
しばらく、雲の上で楽しんでいた私は、遠くから声が聞こえてくるのに気づいた
何か言っているけれど、遠くてうまく声を聞き取れない
声のする方向をキョロキョロと見渡し、静かに耳をすませば、だんだんと近づいてくる声
もう少しで聞き取れそう、そう思った瞬間耳元で大きな声がした。
「んか・・で・・殿下!!!」
「わぁあああ!!」
耳元でいきなり大きな声がして、私はその場から慌てて飛び起きた
「びっ、びっくりした・・・」
目を覚ませばさっきまで私が気に入っていた雲はなくて、数時間前と同じ、柔らかいゼニスのベットの上だった。
あんなに気に入っていたのに、さっきのは夢だったらしい
ショックで肩を落としていたが、朝とはガラリと違う周りの様子
窓からは、朝の明るい日差しはなく、外は暗くなり大きな月が見えている
部屋にはいつの間にか、人工の明かりが灯してあり、あれから私は夜まで熟睡していたのだろう
「殿下、せっかくのお休み中、申し訳ありません」
低く落ち着いた声が側で聞こえて、どこか聞き覚えがあるなと思い出せば、夢の中で何度も私を呼んでいた声だった。
彼に視線を向ければ、そこにいたのはゼニスの側近ニレ・スフェーン
真っ赤な髪を一つに纏め、黒縁の眼鏡をかけた彼は、眼鏡をかけているからだろうか、真面目な感じが伝わってくる。
眼鏡の下から見えるのは緑の宝石眼・スフェーン
彼は、風魔法を使うスフェーン伯爵家の長男、そして、ゼニスの幼少期からの友人でもある。
それに加えて、ジュエル隊最年少にして副隊長
結構、お堅そうに見えるけれど、優しい人だと私は思っている
彼は、魔法が使えない人達が生活に困らない様に魔道具を作っており、彼の作った物は全てが天下一品で、魔道具を作らせたら彼の右に出る者はいない
彼、ニレ・スフェーンは天才なのだ。
彼の魔道具はとても便利で、例えるなら洗濯機とか、ライターの様なものまで、生活に必要なものは全て彼が考案している。
そんな天才すぎる彼を、王はとても信頼している様で、研究費に必要な資金は全て王が援助している、しかも王宮に彼専用の研究室まであるのだから。
「ニレ?せっかく気持ちよく眠ってたのに、起こすなんてひどいよ」
「すみません、殿下の様子が気になり、伺いに来ました」
「わざわざこんな時間に来なくても良いのに…」
「セレスト殿下から頼まれたので」
まさか、ニレが来るとは思わなかった。
セレストは本気で私の事を、やばいと思っているようだ
その気持ちは分かるけれど、こんな夜に、わざわざニレをよこさなくてもいいじゃないか
「セレストになんて言われたかは知らないけど、本当に大丈夫、私はどこも悪くないから」
大丈夫だと笑って見せるが、ニレは全く引く気はないようだ
何か他に言いたいことがある様で、彼は難しい顔をしている
とりあえず、どうした?と聞いてみると、彼は言いにくそうに、ゆっくりと口を開いた
「王位を継がないと伺いましたが?」
「え?」
「セレスト殿下が泣きながら駆け込んでくるので、まさかとは思ったんですが、一応確認だけでもしとこうと思ってきたんですけど」
まさかね?とニレは私の返事を聞く前に自分に言い聞かせている
なるほど、言いにくそうにしていたのはこの事だったのか
しかし、そこまでセレストが彼に話しているのならと、その通りだよとあっさり返事を返すと、ニレは時が止まったように固まった。
「王位も継ぎたくないし、女の子と結婚もしたくないからさ」
「…はい?」
「あ!言っておくけど、これはいくらニレがジュエル隊で検査しても、絶対に治すことは無理だからね」
そう、彼が魔道具や、治療で私のことを治そうとしても無理だと、前もって伝えておく。
でないと人体実験でもされたらたまったもんじゃない
しばらく私の返事に黙り込んでいた彼は、何かを思い出したのか、持ってきていた大きなカバンを漁り出した。
「ちょっと待ってください、ここに入れてたはず…あ、あったちょっと失礼します」
カバンから何かを探し出す様子を、黙って見ていると、彼は持って来ていたカバンの中から二つの腕輪を取り出した
何、それ?と首を傾げていると、ニレは私の腕を取り、その腕輪を両腕に装着した
まるで手錠のようにはめられ、このまま連行されるんじゃないかと一瞬ドキリとなった。
「え、怖いよ何これ?」
「これは真実のリングです。もう一度伺います、殿下は本当に女性を愛せないのですか?」
真実のリングって何だろう、嘘発見器みたいな物だろうか?
もしかしてコレ、嘘をついたら爆発するとか?いやいや、流石にそれはないか…
とりあえず安全性とかは色々気になるけれど、一旦ニレの質問に頷いてみた。
しかし腕につけた腕輪は特に、何も起こらず最初と同じでただの腕輪のまま
何の変化もなく安心したけれど、逆にニレは何も変化がないことに、目を開いて驚いていた
流石にこれで私が嘘をついていないと分かっただろう
「…」
「私、嘘はついてないよ」
「…では、いつからですか?」
「え、まだ続けるの?…まぁ良いけど、今日からです」
「では、今日からと言いましたが、それは殿下が倒れた事と関係があるんでしょうか?」
「まぁ、そうだね」
「ふむ。」
ニレの質問に答えている間も腕輪は特に何も変化せず、彼も真剣な顔で、私の腕に装着してある腕輪を凝視する
「まだ外せないの?なんかこれ怖いんだけど」
「大丈夫です、真実さえ話せばその装置は反応しないので」
「…」
嘘をつく気はないけれど、そう言われるとなんだか怖い、仮にもしも嘘をついたらどうなるのだろうか?
嘘発見器って大体、嘘を言えば音が鳴るとかじゃないの?
実際、嘘発見器なんて前世でも扱ったことがないから、よく分からないけど、この腕輪がどうなるのかは、純粋に気になる
そして答えによっては、すぐに外したい
質問よりもこの腕輪のことに考えがいっていた私は急に、鋭い視線を感じて、彼を見れば雰囲気の変わった彼の視線は鋭い眼差しで私を射抜いていた。
先ほどとは、明らかに空気が変わり、とても気まずい
ついつい、ごくりと唾を飲みこむと、その音がやけに大きく鳴った。
急に年相応の男子に怖い顔で睨まれれば、前世か弱い女子高生の私は、ビビるに決まっている。
引き攣る顔をどうにか、笑いで誤魔化すが、ニレは私を気にする事なく、淡々と口を開いた
「では、最後に質問です。あなたは一体誰だ?」
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