第2話イベント失敗
「ゼニス!よかった…もう、目覚めないかと思ったのよ!」
ゼニスの記憶を巡ったおかげで、全ての記憶が蘇った。
今、私の目の前にいるこの美しい人は、ゼニスの母、名前は、ローズ・アレキサンドライト
瞳は赤く輝くガーネットの宝石眼で、光加減で鮮やかな赤色にも見え、普通のガーネットに
してみれば、母の瞳の色は若干、色味が薄い
魔力量で言えば母の兄、炎を扱うガーネット公爵に比べると少なく、炎魔法も威力が弱いので当たり前だ
けれど見え方によっては、彼女の瞳は鮮やかなルビーのようにも見えて、より彼女の美しさを引き立たせている。
この美しいばかりの彼女は、この大国アレキサンドライトの美しき王妃様なんて言われており、彼女の美貌はこの国一番らしい。
年齢は40代というのに、全く年を感じさせず、若い頃と未だに変わらない美貌を保っている、美魔女だ。
父は、この容姿と彼女の芯のある性格に惚れ、猛アタックの末やっと母と婚約したのだと、幼少期から耳にタコができるほど、もう何度も聞かされた。
なんか、この国では珍しい恋愛結婚なのだと。
所で、どうして私の話の様に話しているかって?
それは、彼の記憶のおかげ。
この記憶があれば、なんとかこの世界で生き延びる事はできるだろう
先ほどから、ずっと心配そうに見つめてくる母に、私は大丈夫だと口を開けば、母は安堵した表情を見せた。
心配かけてすみませんと謝罪をすれば、心配するのは当たり前だと返され、なんだか胸がジーンとしたのは、母の愛の力だろうか
「もう頭痛はない?まだ、ゆっくり休んでいたほうがいいんじゃない?あと、3日は学園をお休みするように、私が陛下に伝えておくわ」
「でも、生徒会長になったばかりです、3日も休んで大丈夫でしょうか?」
「何を言っているのゼニス、貴方は学園で倒れたのよ?頭も強く打って怪我をしたのだから、しっかり休みなさい。いくらジュエル隊が治療をしてくれたからと言っても、貴方はいつも頑張りすぎなのよ。生徒会の事は、ニレがなんとかしてくれるわ!貴方は安心して3日間、しっかり休むこと!いいかしら?」
「…はい、ではお言葉に甘えて、ゆっくり休む事にします。」
「ええ、私は陛下に、この事を伝えてくるから、貴方は無理をしないで、しっかり休むのよ」
「はい、ありがとうございます母上」
ベットの横の椅子に腰掛けていた母は、侍女に支えられながら、ゆっくり立ち上がると部屋の扉へと歩いていく。
母の後ろ姿を眺め、ベットへと再び体を戻せば、急に母が振り返った
「あ、そうだ!あの教会の子とは、お友達?」
突然、思い出したように私に尋ねる母に、教会の子?とは思ったものの、倒れる前の記憶を思い出し、すぐにいいえと答えた
きっと母が言う教会の子とは、この世界のヒロインのことだろう。
「そう・・・あの子、貴方が倒れた時に、必死に治療をしてくれたみたいなのよ、学園で彼女に会ったら、ちゃんとお礼を言っておきなさいね」
「はい、そうします」
すぐに頷けば母は満足したように部屋を後にした
誰もいなくなった部屋で、大きく息を吐けば、室内には私の吐息の音だけが響いた
あんなに綺麗な人と話すのは、母だとしてもなんだか、緊張するものだ
前世でも、身近にあんな美人はいなかっただけに、正直全然免疫がない
まぁでも、今の問題はヒロインだ。
彼、ゼニスの記憶によれば、学園に入学してこの世界のヒロインに出会った所までは分かっている
ヒロインは、桜色の髪を二つに編み込み、この世界では珍しいだろう黒い瞳をもっている。
彼女の瞳は黒水晶、モリオンの宝石眼
鮮やかに輝く、色とりどりの瞳を持つ人々からすれば、彼女の黒い瞳は、どことなくミステリアスに見えるだろう
それに加えて心優しい彼女は、学園では話題の人物だった
それもそのはず、貴族達が集まる学園へと平民では珍しい宝石眼と、治癒の魔法が使えるという理由で入学してきたヒロイン
そしてこの、彼女の才能に気づいたのは、クリスタル教会だ
彼らは、町に教会を立ち上げ、学校に行けない平民の子供達に、魔法の知識や勉学を教えている、心ある教会。
そんな彼らが推薦した平民の少女なのだから、誰もが注目するのは当然のことだった
教会の頼みと言う事で、王の了承もへて、学園オパールに入学出来たものの、周りの生徒達の大半は、あまりいい顔をしていなかった。
けれど、彼女の穏やかで優しい性格に惹かれ、親しくなる者も何人かいた。
だからと言って、全員が皆同じとはいかず、中には身分を理由に、陰口を言う輩も多かった。
その、異例な入学をした彼女の存在を、もちろんゼニスは耳にしていた。
ただでさえ、貴族達からよく思われていないことを知っていたゼニスは、変に近づいて彼女が嫌な目に合うことがない様に、極力近づかない様に気を遣っていた
なぜかというと、ゼニスは学園では大の人気者。
そんな彼が、1人の少女に優しく接しでもしたら大変なことになるのを目に見えていた
けれど、ある放課後、廊下でヒロインと出会した。
先に気づいたのは彼女の方で、ゼニスにいち早く気づくと、淡い桜色のおさげをふわりと揺らし頭を下げた
彼女の髪が可愛らしく揺れる様が目に入り、視線を向ければ、未だ挨拶にまだ慣れていない様子のぎこちない様子が、何だかやけに新鮮で、可愛らしかった。
ついクスリと笑ったゼニスの笑い声は、誰もいない廊下に響き、その笑い声を聞いた彼女は、不思議そうに顔をあげた
その瞬間彼女のモリオンの瞳と、ゼニスの視線が重なったのだ。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、その一瞬はゼニスにとっては、とても長い時間に感じた
美しい人にはもう母で、十分慣れていたはず。
しかし、ゼニスはその、黒く輝く彼女の瞳から視線を離せなかった
「綺麗だ」
そう思ったと同時に突然、鈍器で殴られた様な激しい頭痛に襲われた
そのせいで、ゼニスは彼女に話しかける事もなく、その場に突然倒れ込んだ。
いつもは側にいるはずの、親友兼、側近のニレもおらず、廊下には彼女と二人だけ。
今考えればこれは彼女との最初の出会いイベントだった。
思い出せば、小説の中で彼らの出会いはこう描かれていた
『その日はたまたま側近のニレが留守でいなかった。
いつも2人で歩く廊下は、1人で歩くとやけに静かで落ち着かない、彼がいない時間をこんなに寂しく感じるなんて…
周りを見渡してみても、帰宅時間を、とっくに過ぎているからか、廊下には誰もいない、なんだか居心地が悪くてついつい早く帰ろうと早足になった。
そんな時だ、廊下の先からやっと誰かが歩いてきた。
心細く感じていたからか、自分以外にもまだ残っていた人がいる事に、ほっと安堵していた。
前から歩いてくる人物は、桜色のおさげをした女生徒。
彼女は、ゼニスに気がつくと、慌てて頭を下げ、お辞儀を繰り返す。
他の貴族達とは少し違う、その必死な様子が、なんだか可愛らしく、つい笑みが溢れた。
ゼニスの小さな笑い声に気づいた彼女は、笑い声に不思議に思ったのだろう、伺う様にそっと顔を見上げた
その瞬間、ゼニスと彼女の視線が重なり合い、彼女の美しいモリオンの瞳が、彼のアレキサンドライトの瞳を捉えた
ゼニスは彼女の珍しい黒い瞳、しかし、キラキラと輝くその瞳にすぐに釘付けになった。
気がつけば、彼女に歩み寄り、ゼニスはゆっくりと口を開いた』
しかし、激しい痛みに襲われ倒れた事で、その出会いは完全に失敗している。
そして、多分その激痛の原因は、私で間違いない…
実際、彼女とのイベント失敗はありがたい。
もし出会いが成功していたら、ヒロインとは確実に、恋愛に発展していただろうし、そうなっては私が困る。
男にしか興味がないと言うのに、もしヒロインといい感じになっている中、転生なんてしたらお互いに辛い思いをするところだった。
なので、とりあえずはそれを防げたと思えば、なんて事ない。
と、なるとこれから私は、ヒロインとの恋愛フラグを折っていくしか道はない。
でも、ゼニスの立場は第一王子で王太子、この国の王になれば、必ず王妃が必要になってくる
…その時は実は中身が女なんです!とか言ってでも回避したい
でも、絶対頭おかしいやつで終わりそうだし、下手したらジュエル隊に丸投げされるかもしれない、それは普通に怖い
それが無理なら女が苦手とか嘘をついて逃れるしかない
それでもダメならあとは国外逃走するとか・・?
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