第3話救世主
広く清潔なこの部屋で、私はこの先どう生きていくかを考え、ひたすら頭を捻っていた
そんな時、扉の外からコンコンとノック音が響いた
外からは、やけに可愛らしい声が聞こえてきて「どうぞー」と軽い返事をすれば、すぐに扉が開く
未だ重い頭を起こし、クッションを背中に挟み、背もたれを作ると、上半身だけ起き上がらせる
すると、入り口からタッタと軽い足どりで走ってくる人物を見れば、すこし癖がある金髪を揺らしながら駆けてくる、弟セレストの姿が目に入った。
ゼニスよりも3つ下の、13歳の弟をベット脇の椅子に座るように促せば、彼は言われるがまま、椅子の上にちょこんと座った
ゼニスの弟、セレストは実際に見ると、とても可愛い。
まだ幼いとはいえ、もう既に整った顔をしているセレストに、勝手に将来の想像をした私は、胸は高鳴った。
きっとゼニスの様に、彼も絶世のイケメンに育つのだろう、と。
セレストの瞳は父やゼニスと同じで青緑の濃い瞳をしている。
今は、エメラルドのように濃い青緑色をしているけれど、これが夜、辺りが暗い所で見るとルビーの様に鮮やかな色に変わるのだ。
王族特有の瞳で朝の日差しの中で見るのと夜、灯りの下で見るのとでは、色が全く変化して見える、これがアレキサンドライトの瞳だ。
「母上が心配していたよ、大丈夫?」
私のことを首を傾げながら、心配そうに見上げる弟は、母性が湧くほどに可愛くてしょうがない
前世兄弟が居らず、一人っ子だったからか、急にこんな愛らしい弟が出来たことはとても嬉しい。
これが転生して初めての幸せかもしれない。
セレストの顔をうっとり眺めているだけで、なかなか返事を返さない私を不思議に思った彼は、さらにこてんと首を傾げる
それが、もう、堪らなく愛おしくて叫びそうになるほどの可愛さ…
「兄上・・・?」
流石に、心配になったセレストが声をかけたので、叫び出しそうな私は気を取り戻して返事を返す。
彼は、いつも兄上!とゼニスを見つけたら必ず駆けて来るほど、大の兄好き。
ゼニスは、こんな可愛い弟がいて、さぞ幸せだっただろう
この愛らしい妖精の様なセレストの事を見ていれば、ふと思いついた。
考えてみたら、彼はこの国の第二王子だ。
もし、私が王太子を辞めたとしても、ここに立派な後継者がいるじゃあないか??
さっきまで考え込んでいたけれど、セレストの存在によって、救われた気がした
「ねぇ、セレスト…お願いがあるんだけど」
「お願い?兄上の願いなら僕が叶えてあげるよ」
我が弟は私に嫌な顔ひとつせず、嬉しそうに答えると、その純粋な眼差しで私を見つめるセレスト
「じゃあ…王位継承はセレストにお願いしてもいい?」
お願い、頼む!そう言って、手を合わせ弟に頼めば、先ほどまでは、終始明るく笑っていた筈のセレストは、目玉が飛び出るほど驚愕していた
「え…はぁあ!?」
ついさっき、私のお願いを聞くのを嬉しそうにしていたはずのセレストは、間を開けてはぁ?!と大きな声を上げた
もちろん、先ほどまでの尊敬の眼差しはもうない。
彼は疑うように私を見ると、嘘だよね?と何度も確認してくるセレストに、私は首を振り、嘘じゃないと伝えるが、彼は全く信じてくれない、これには痺れを切らした私は、
「本当に、セレストにしか頼めない事なんだよ」
そう、真面目な顔で伝えると、セレストはもう何も言わなくなった。
しかし、彼が嫌だと言っても、私も嫌なのだから、ちゃんとした性別の、弟に譲るしかもう道はない。
それに、これはチャンスなのだ、ここまで来たら、粘ったもん勝ちだ
王族特有の瞳に、何なら光魔法も持ってるゼニスの弟しか、もう後を任せられる人はいないのだから
彼なら全ての条件も揃っているから、全くなんの問題もない
「ま、待ってよ!兄上、僕には無理だよ?」
「セレスト、無理なんて事は、ない!」
「いや、おかしいよ!あんなに王になる為に頑張ってたのに、急に僕に譲るなんて…そ、そうだ!頭を打っておかしくなってるんだよ!」
「いや、普通だって!お願いセレスト、私には無理だって分かったの」
「…ど、どういうこと?」
「私は、もし王になったとしても、女性を愛せないから子供ができないの」
流石にここで変な嘘をつくよりも正直に、本当のことを言ったほうがいいだろう
さっきからかなり不信がっている弟に、そう答えれば、先ほどよりもかなりの衝撃的内容だったのだろうか、彼は腹の底から大きな声で叫んだ
「ど、え、えぇぇぇぇぇ!?!」
突然の彼の叫びに、私は咄嗟に耳を塞いだ
確かに冷静に考えてみれば、セレストが驚くのは無理もない
あのゼニス・アレキサンドライトが、女性を愛せないって言ったら、私だって驚いて声が出てしまう
「ど、どっどう言う事?!?」
あまりの衝撃の事実に、セレストは変な汗をかき始めている。
可愛い妖精ちゃんがこんなに慌てふためくのは、なんだか可哀想だけれど、今はそんな事を気にしていては話が進まない
どうにかして、彼を王にするように話を進めて行かなくては。
「そのままの意味だけど?」
「や、やっぱり、頭を打っておかしくなったんだ!今すぐジュエル隊に見てもらったほうがいいよ!」
「いやいや、もう見てもらってこれだから一緒だよ」
説明しよう、彼の言うジュエル隊とは、それぞれの宝石眼を持つ者達が集まり、怪我や病などを治すロイヤルジュエル隊だ。
様々な宝石眼を持つ者達が、手を取り集まれば、人を癒し治療することができる、その効果は魔力が多いほど強くなる
ただし、ヒロインは例外で。
彼女はたった1人で、その力を使える、いわゆるチートだ。
きっと、普通に記憶喪失とかならまだ、ジュエル隊に見てもらえば、どうにかなるだろうけれど、私の事はジュエル隊も解決できないだろう
大体、彼らに解決してもらえるなら私だってこんなに悩んでいない
「兄上が女性を愛せないなんて、僕にはどうしようもできないよ」
どうにか弟に頑張って欲しいのだけれど、彼は先ほどから、かなり落ち込んでいる
今まで慕ってた兄が、急にこんなこと言い出すのだから、彼の気持ちは痛いほど理解できる
しかし、こればっかりはどうしても助けてほしい。
私をこの最悪な未来から救えるのは貴方だけなのだ
「だ、か、らぁー!セレストが王太子になって私を救ってよ」
「そ、そんな無茶な…ぼ、ぼ、僕にはやっぱり無理だよぉ!!!」
「あっ!ちょっとっ!セレスト?!」
流石に詰めすぎたのか、瞳を潤ませ我慢の限界だったのだろう、セレストは私の部屋から逃げるように出ていった。
寝室の扉を、勢いよく開けて出ていくものだから、外で待機していた騎士や侍女達は、何事かと動揺していた
兄弟喧嘩でもしたのかと、扉を閉める際に侍女が恐る恐るこちらを見てくるので、部屋の扉を閉めようとする侍女を私は咄嗟に、呼び止めた
「あ、まって!ちょっと…手鏡ないかな?」
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