第9話 サルヒトデ①

 二人の王子が他の客には外に出ないように厳命し、私とジャン、シリウスにガリアとミンは夜会の屋敷から広すぎる目抜き通りに出た。


 遠目に見えた巨大な怪物は、四つ足の生き物に見えた。先ほど夜会に侵入してきた黒い魔獣のように。だがその歩き方から巨大な猿のような怪獣が二本の手を石畳について移動しているのだと分かった。


 サイズ以外に猿と大きな違いは、その魔獣は体中にヒトデのような星形の肉塊が張り付いており、それぞれのヒトデの中には血走った目が入っていた。

 目のいくつかがギョロリと私たちを見た。


「あ、あの大きいの、こちらに来てますわよ!」


 ミンが悲鳴に近い大声を上げた。

 その時だ。


 ドスンッッ!!


 空から巨大なものが降ってきた。

 それは二本足で立ち、勢いを殺すためか片方の拳を石畳についていた。

 オレンジ色の機体に、黒い線がいくつも入っている。


「グランドレス……」


 自分の口からそのロボットの名前がこぼれた。

 額から斜めに生えている金属片が角の様に見える顔で、ドレスがこちらを見た気がした。


 青と白のスカートの下で一歩を踏み出した。


「待ってアリア」


 王位継承権第二位、ジャン王子がそう言った。


「それは、どうしても君じゃないといけないのか。昨日の兄上の話じゃないけれど、僕だって訓練は受けている。この国の危機に、戦闘の訓練も受けていない、一介の貴族令嬢の君が命を懸けて戦う必要は──」


 ジャンが口をつぐんだ。


 モーターの駆動音吐ともにグランドレスの腕が動いたのだ。

 掌を空に向け、その手は私の前に差し出された。


 私の居場所はどこだろう。

 不意にそんな疑問が頭に浮かんだ。


 過去に行った数々の「遊び」のツケを払うため入る、どこか遠い修道院の石造りの部屋だろうか。

 悪役令嬢として婚約者に捨てられ、父が次の結婚相手を見つけてくれるのを待つサファリナ家の屋敷の片隅だろうか。

 誰も相手にしてくれないパーティーの壁際?


 いいや。私の居場所は……


「ごめんなさい、ジャン様。私、行かなくては」


 大きくゴツゴツした金属の掌の上に私が乗ると、グランドレスが自身の胸に手を動かした。

 ジャンが何かを言ったが、風の音にかき消されて聞こえない。


 二重の隔壁が開いた。


 また巨大魔獣と戦うのだ。そう思うだけで指が冷たくなり、膝が笑う。

 それでもグランドレスのコクピットは魔光石の人工的な明かりで私を迎えてくれた。


 シートに座り、操縦桿を握る。障壁が閉じる音がした。

 大きく息を吸い込む。


「グランドレス、起動。アリア・サファリナ、エンゲージ!」


 オレンジ色のロボットは、立ち上がると魔獣をにらんだ。

 


 ドレスのモニターの左上に銀髪で縁取られたニーファの顔が映る。


「アリアさん、敵巨大魔獣は仮称をサルヒトデとしています。現在の距離は四十。機体の背中にハルバードが着装されております。手にとって展開してください」


 挨拶抜きで用件を語った。

 サルヒトデとはあまりにも安直な名前だが、彼女が考えているのだろうか。


 言われたとおり、グランドレスの右手を背中に回し、ハルバードをつかんだ。素早く引き抜くと、三つ折りになっていた武器が長大な斧槍の形をなす。


「距離二十。武器を構えて」


 ドレスの視界を共有する私の目にも、サルヒトデの顔がはっきりと見える。

 血走った目に残忍な口元。昨日のシャークヘッド、そして先ほど夜会を襲撃した黒い四つ足と同じ、人間への憎悪を感じる顔だ。


 恐怖をかみ殺し、ハルバードを斜めに構える。

 サル型の巨大魔獣は前傾姿勢のまま、両手をぶらぶらと左右に揺らしながら歩いてくる。


 あと三歩動いたら、こちらから斬りかかる。

 その思いを見透かしたかのように、サルヒトデは歩みを止めた。


「ど──」


 どう動けばいいの? そうニーファに問おうとした瞬間、サルヒトデは真横に跳びドレスの視界から消えた。


「大聖堂の上です!」


 ニーアの声でドレスの頭を左に動かす。目抜き通りに面した威風堂々たる大聖堂、その上部に巨大魔獣が左手でしがみついている。


 サルは反対側の手を振りかぶっていた。


 バゴォッ。


 聖堂の屋根の一部が機体の頭部に命中した。

 のけぞったものの、何とかこらえる。


「ギヒッ」


 魔獣があざけるような声を出した。


「このぉっ!」


 ハルバードを振りかぶって大聖堂に突進する。


「アリアさん、落ち着いてください」


 ニーファの声が遠くから聞こえる。

 この魔獣は昨日のより柔らかそうだ。ハルバードが当たりさえすれば勝てる。


 ブォンッ!


 振り下ろした場所にサルヒトデはいなかった。素早い跳躍で目抜き通りの反対側に移ったのだ。石畳を空振った斧槍の先端がかち割る。


「右に行きました。大使館門の上!」


 巨大なサルの魔獣は建物の上を軽々と跳躍して私を翻弄する。どれほど激しく動いても、ヒトデの目がこちらをとらえているため隙を見せない。

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