第10話 サルヒトデ②

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 全力疾走した後の様に息が切れる。

 サルヒトデがその巨体で飛び乗った建物は屋根に大きな穴が空き、グランドレスの振り回すハルバードが当たった家はその二階か三階部分を吹き飛ばされていた。

 こいつを、倒す。


「キヒィー、イア? ヘウッ、ヘウッ、ギーッヒ」


 サルが甲高い声で何かをしゃべる。


 不意に巨大魔獣は建物の屋根から目抜き通りに降りてきた。

 疲れたのだろうか、体にいくつもへばりついているヒトデがその目を閉じている。


 好機!

 距離は十。ハルバードを構え直し直進する。


「お待ちくださいアリアさん、目標体内に高エネルギー反応が確認されています。これは……、アリアさん、ドレスの目を──」 


 ビカッ!!


 ヒトデの目がすべて開いたと同時に強烈な光が周囲を照らした。

 ドレスの視界、そして私の目にひどい焼き付けが起こる。


「きゃあああっ!」


「敵、来ます!」


 サルヒトデの手か、あるいは足がこちらの手にぶつかった。それと同時にグランドレスが感じていたハルバードの重みが消える。


「武器が!」


「まだ来ています!」


 バリバリバリッ!


 巨大魔獣のツメがドレスの顔を傷つける。その痛みを私も感じた。


「痛いっ、痛いぃぃ!」


「アリアさん、しっかり。あくまでグランドレスの装甲がダメージを受けているだけです」


「分かってる、分かってるけど……」


 何と言われようが痛いものは痛い。


 ようやく視力が戻ってきた。


「まずは魔獣と距離をとってください。いったん仕切り直さないと」


「武器、ハルバードは……」


 左右に頭を振ると、黄色いマーカーが表示される。


「あそこにハルバードが……」


「待って、敵に背を向けては」


 ドガッ。


 サルヒトデが背中に飛びかかり、目抜き通りの石畳にグランドレスを押し倒した。


「がはっ」


 視界が地面でいっぱいになる。


「イィィアアア、イヤァアア、イギィィィ」


 気持ちの悪い声を聞きながら、魔獣の下で体をひねり、何とか上を向く。

 勝ち誇った顔のサルがよだれを垂らしながら手を叩いている。


 不意にサルがきょろきょろと周囲を見渡した。

 脱出は……だめだ、腹の上にひざを付かれていてうまく動けない。


 魔獣が体をひねる。だがその瞬間もいくつものヒトデの目は、組み敷いたグランドレスを見ている。


「嘘……」


 サルヒトデが何をしていたか分かって私は声を上げた。

 やつは、両手で民家を持ち上げていた。


「ギヒ?」 


 ゴシャッ!


 家が私の、グランドレスの頭に叩きつけられる。

 壊れた家の柱が、床が、家具がバラバラと落ちる。その中に人もいた。


 家族だ。

 見たくなかったが、私が意識したことでドレスがその顔を拡大した。

 みんな大きく口を広げ叫んでいたが、やがて視界から消えた。顔を動かして彼らの運命の先を確かめる気にはならなかった。


 死んだ、私のせいで。

 息が浅くなる。

 私が壊した建物にも人はいたのでは? 倒れ込んだ路上はどうだろう。


 私が人をころ──


「アリア・サファリナ!」


 女の声が私を怒鳴りつけた。


「この街を、この国を、自分自身を救いたいなら、今すぐ動きなさい!」


 馬乗りになっているサルが爪を立てて顔を攻撃しようとするのを、両手でブロックした。


「で、でも、ハルバードが手元になくて」


「それが何? ハルバードだけが武器じゃないでしょう。いい? あなたは一人じゃない。わたしの指示を聞いて、一緒にこの魔獣を倒すの!」


 真剣な顔でニーナが身を乗り出す。


「グランドレスの武器は、まずその圧倒的な力。左手を上に突きだして!」


 モーターの駆動音とともにドレスが太い腕を持ち上げる。ちょうどそこにはサルヒトデの顔があった。


「手を握って、指を顔に引っかけなさい」


 サルの両手が腕をつかむのに構わず、魔獣の顔に指をめり込ませた。人差し指が目に入り、親指が口に引っかかる。


「ギィィイイイアアアアアア!」


 巨大魔獣が苦悶の声を上げる。


「そのまま左側に、投げ捨てて。そしたら立ち上がる」


「おぉぉおおおお、らあっ!」


 右手をサルの腰に当て、ブリッジするように体を浮かせると同時にサルを横に投げ飛ばした。


 サルはさっき自身が引き抜いた民家のあった場所に転がる。

 足が他の家にぶつかりその壁を壊した。

 いや、今は考えてはならない。


 グランドレスがひざを付き、体を起こす。


「グランドレスのもう一つの武器、それは圧倒的な質量。ただ殴るだけで、大きなダメージを与えられるはず」


 ニーアの声に従い、握り拳を作った。立ち上がろうとするサルヒトデに拳を落とす。

 殴り方なんて分からない。肩、耳、わき腹に鉄槌をぶつける。


「ギヒィィィィィイィ」


 サルが体を丸めると、全身に張り付いているヒトデが目を閉じた。


「高エネルギー反応。また発光が来る!」


 その言葉を最後まで聞かず、グランドレスはエネルギー源である魔光石を消費して斜め上に飛んだ。視線を空に向けている間に激しい発光が視界の端に映る。だが、あいにくと目は見えている。


 空中で体勢を変える。


「位置エネルギーとグランドレスの質量を食らってまだピカピカできるなら、やってみるがいい」


 右足を伸ばし、左足を曲げる。


「受けろ化け物! 流星キィーーーーーッッッッッック!!!!」


 ズドゴォォォオン!!


 蹴り足はサルヒトデの頭をつぶし、身体の奥深くまで突き刺さった。

 緑の体液が周囲の建物に降りかかる。


 飛び退り残心を決める。


『サルヒトデの完全停止を確認』


 考えるな、考えるな、考えるな。


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