第8話 魔獣襲撃
ジャンは好奇心を隠せない目で私たちを見ている夜会の客たちに振り返った。よく通る声が彼の口から発せられる。
「こちらにいるアリア・サファリナ嬢こそ、昨日あの巨大魔獣から王都を守った立役者でございます。みなさん、勇敢な淑女に、是非とも拍手をお願いします」
私が昨日グランドレスに乗ったところはここにいる貴族たちの多くが目撃している。そのためジャンの言葉は、驚きというよりも異質な力を持つ女への畏怖と好奇心で受け止められた。だが、王家のカリスマ性というものも確かにある。
パチパチパチパチ。
騎士団長のシリウスが拍手を鳴らした。彼は私を見ると、安心させるようにうなづく。
それに続くように、戸惑いながらも拍手の輪は会場全体に広がっていった。
未だ私のことを面白く思わない者も多いだろうが、とにかくこれで婚約破棄のマイナス分はある程度穴埋めできたと思っていいだろう。
王太子のガリアが話題を引き継ぎ、昨日のシャークヘッドによってもたらされた損害と復興費用について説明をしている。
「あの巨大魔獣は、どこから来たのでしょうか……?」
給仕から受け取った飲み物でのどを潤してジャンに尋ねた。
第二王子は首を横に振る。
「分からない。調査班の報告によると、王都の外れから突如足跡が始まっていたらしい。王立騎士団が魔獣と戦っているのは知っている?」
「はい。西の高原のさらに先の砂漠から来るのだとか」
「そう。西の砂漠の向こうは海になっていて、その先にある暗黒大陸、そこから来ると言われている」
「では、あのシャークヘッドも?」
ジャンは鋭い目で自分の持つグラスをじっと見つめていた。
「本当のところは何も分かっていない。農作物を荒らし、人をさらい、村を襲う魔獣について、もっともっと知らなければまらないのに。それでいて今回の巨大魔獣だ。あんなものは、今まで見たことがない……でも、王家の書庫にある歴史書には、この国の建国の時に」
にわかに会場の入り口が騒がしくなった。
「どうした!?」
ホストであるジャンが鋭い声で問いただす。
部下から報告を受けた騎士団長が素早く近づく。
「魔獣の群です。この屋敷を囲んでいると思われます」
「なに!?」
ガシャーンッ!!
ステンドグラスの窓を破って黒い四つ足の影が飛び込んできた。
毛のない犬のようにも見えるが、異常に盛り上がった筋肉質の黒いからだと、左右に三つずつ並んだ赤い目がまっとうな動物でないことを示している。
その恐ろしい風体を見たからか、小さな悲鳴を上げて来客の女の一人が気絶した。それを皮切りに会場は騒然となる。
飛び交う悲鳴と怒号に当てられて興奮したのか、黒い魔獣は歯をむき出しにして私に飛びかかってきた。私は身体を強く引っ張られるのを感じた。
ブォン!
すさまじい風切り音がしたと思ったら、魔獣の身体は会場の中程まで吹き飛んでいた。同時にその首は切り落とされ床に叩きつけられている。
王国最強の騎士、騎士団長シリウスのバスターソードが振るわれたのだ。
「お熱いところ申し訳ございませんが王子、剣をどうぞ」
「へ?」と私。
ようやく気づいたが、ジャンが魔獣との間に入り身を挺してかばってくれていたのだ。つまり、私の体は王子に抱きしめられている形になる。
黒髪のイケメンが体を離した。
「火急のことゆえ失礼……おや、昨日もこれ言ったかな?」
「い、いえ、光栄でしゅ」
しっかりしろ私。こんな姿シルフィに見られたら唇の端でにんまり笑われてしまう。
ジャンが騎士団長から剣を受け取った。
「必ず守るから、ここにいて」
「はひ」
窓から次々と黒い魔獣が飛び込んでくる。七匹、八匹はいるだろうか。獰猛なうなり声をあげて周囲を威嚇している。
「おい、俺にも剣をよこせ!」
視界の端ではガリアが騎士団員から武器をもぎ取るようにして剣を手にしている。
ジャンとシリウス、ほかの騎士団員たちは恐ろしい魔獣の群に果敢に立ち向かった。
個々の卓越した剣技もあるのだろうが、むしろ集団の力こそが騎士団の持ち味であるように見えた。騎士団長の指示の元、常に複数で魔獣と対峙し、正面に立つ者は防御に専念し後ろに回った騎士が何度も敵の体を傷つけていく。
中でも第二王子ジャンの剣技は見事なものだった。私を含めた客を背に一歩も引かず、魔獣を突き刺し、切りつけ、相手の攻撃は巧妙にいなしていく。
黒い獣たちの血と内蔵で会場は酸鼻を極める有様となったが、幸いなことに夜会の客にけが人はいないようだった。
「ふうー、よかったですよ。危なく首になっちゃうところでした」
息を整えながら騎士団長のシリウスが長剣を背負う。
彼は外を警備していた者を集めると手早く話を聞きだしていた。
「それじゃあの魔獣どもは唐突に現れた、ということか」
ジャンが言った。シリウスがうなずきを返す。
「王立騎士団員には仕事中に居眠りをするようなボンクラはいません。また、王都を警備する性質上、見たものを正確に報告する訓練も受けております」
ほとんどの都市は衛兵が警備をしているが、王都だけは衛兵と騎士団が二重に警備を行っている。
「つまり、この魔獣たちは王都の外からは行ってきたわけではなく、中にいて不意に姿を現した。昨日の巨大魔獣のように」
「……ええ、それに」
シリウスが言った。
「今日の巨大魔獣もそうかもしれません」
ズズン……
大きな地響きが屋敷の外から聞こえてきた。
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