第4話 シャークヘッド③

 シャークヘッドが次の攻撃のため、尾に力を込める。その力を利用するかのように、グランドレスは左前方の時計塔に体当たりをした。先ほど黄色く映った場所だ。


 中に人がいないといいのだけど。


 時計塔の中に埋められるようにそれはあった。ボロボロに崩れた時計塔に大きく足を踏み入れ、天高く蹴り上げた。


 それは、空中で三回転した。それはグランドレスと同じくらいの長く細長い柄を持ち、先端には巨大なまさかりと槍を持つ。それは、重鎧用にあつらえたハルバードだった。


 ハルバードは狙い通り、刃を下にして私のすぐ目の前に落ちた。


 シャークヘッドの尾に切れ込みが入る。


「うううぉおおおおおおおおおっ!」


 ブチブチブチィッ!


 渾身の力を込めて拘束を破る。


 無理に動力を酷使したせいか、モーターがイかれただとかアクチュレーターが焼き付いただとか警告が出ているが知ったことか。


 ハルバードを握ると、もう一度拘束されることのないよう、魔獣から伸びる尾の残りを断ち切った。


 怪獣のテールだ。スープでも取れば王都中の人間に飲ませることができるだろう。


「ギィアアアアアアアアオッッ!」


 シャークヘッドが悲痛な叫びをあげる。


 いい気味だ。


 噛みつかれた肩や打ち付けられた背中を始め体中が痛むが、その痛みを万倍にして返す時が来た。


 気持ち悪いことに切り落とした尻尾が穴ぼこだらけになった目抜き通りの石畳の上でビチビチと動いている。


 それを踏みつぶし、ハルバードを両手で構える。


「行くぞ!」


 私のかけ声とともにグランドレスは駆ける。


 一歩、二歩、三歩目で大きく跳んだ。


「グラァァァンン、ハルバアアアアドオオオオオオオッッ!!!」


 一閃。


 袈裟懸けに切りつけ、ハルバードが地面にめり込んだ。


 シャークヘッドのつぶれかけた頭がずるりとずれる。


 黒い血しぶきが激しく上がり、貴族会館の屋根を染めた。


 頭部と左半身を無くした巨大魔獣がゆっくりと倒れた。


 前世で見たアニメでは倒した相手は爆発していたけど、こちらではそんなことはないらしい。いや、それが当たり前か。


「お疲れさまでした、アリアさん」


 ニーファの言葉に肩で荒く息をしながらうなずきを返す。戦った時間は十分に充たないが、まるでフルマラソンを走ったような猛烈な疲労が全身を襲っていた。これも今日まで十八年、令嬢としての人生を生きてきて初めてのことだ。 


 コクピットが開いた。王都に夕日が差し掛かり、空が美しいオレンジに色づく。


 今日は初めて続きだ。


 初めての婚約破棄。初めての痛み。疲労。何よりロボットに乗って怪獣と戦うなんて……。


「あっ!」


 激しい疲労と勝利の余韻で気が抜けてしまったのだろう。


 私はグランドレスの手を伝って降りようとして、足を滑らせた。


 機体はしゃがんでいたとは言え、石畳の地面まで数メートル。


 ドサッ──


 つぶっていた目をゆっくりと開ける。


 石畳にしては衝撃がない。筋肉質で、安心できる落ち心地だ。というかこれは……


「抱きしめられてる!?」


「非常時のこと故、許してほしい」


 落ち着いた声が真上からした。


 最高級品質のコート。艶のある黒髪。鍛えられた体に似合わぬ少年の面影を残す顔。


「だ、第二王子、ジャン・イエール殿下」


「僕のことは気軽に、ジャンと呼んでくれ」


「ジャン様。そ、そ、その、降ろしていただいて大丈夫ですから。あ、あ、順番違った。抱き留めていただいて、あり、ありがとうございましゅ」


「ふっ」


 端正な顔に笑みを浮かべると、私を優しく降ろした。


「恐ろしい令嬢と聞いていたけれど、なかなかどうして感じのいい女性じゃないか」


 う……イケメンの笑顔がこちらに向けられてる。耐性がないからめっちゃ効く。


 こちとら前世も今世も彼氏なしぞ。


 ドレスのしわを直していると、不意にイケメン、じゃなかった第二王子が石畳に片膝をつき頭を下げた。


「え、え、え? どうしたんですか殿下。ひ、人目もありますし」


 わたわたしていると、地面を見たまま王子が口を開く。


「兄による婚約破棄のこと、まことに申し訳ない。僕がその場にいれば断固として止めさせたのだが。そしてそのような屈辱を受けたにも関わらず、あなたはグランドレスに乗って王都を、ひいてはこの国を救ってくれた。あなたこそまことの貴族だ。僕は、王族として恥ずかしい」


 演技ではなく、本気で身内を恥じ、私に謝罪をしているらしい。


「王子、大丈夫、大丈夫ですから。どうか頭を上げてください」


 本当は心理的にも貴族社会の地位的にもあまり大丈夫ではないのだが、ひたすら頭を下げ続けるジャン王子を見てついそんな言葉をかける


 ジャンは悲痛な面もちでゆっくりと立ち上がった。


「本当に申し訳ない。この件はこれで解決したとは思っていない。後日そちらの家長殿も交えて話し合いの場を持つこと、このジャン・イエールの名においてお約束いたします」


「は、はい……」


 王位継承権第一位の王太子との婚約が絡んだ話だ。こじれにこじれた婚約を破棄するにせよ維持するにせよ、簡単には決まらないだろう。


 だが、たった今巨大ロボットに乗って家よりもずっと大きな魔獣を倒した私にとって、貴族のいざこざはどこか遠くで行われていることのように現実味がなかった。


「ところで、僕はアリア嬢を迎えにここに来たのです。父上が話をしたい、と言っておりまして。どうしますか? もしも疲れているのなら日を改めさせますが」


 正直なところ、今は人生でもっとも疲れている。髪もぼさぼさだしメイクも崩れていて、誰かに会いたい気分でないのは間違いない。しかし……


「あの、ジャン様のお父上って?」


 第二王子は肩をすくめた。


「王です」


 ですよね。


 国王の召集を拒否なんて絶対にできないし、もししたことがお父様にばれたら勘当されてしまう。

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