第3話 シャークヘッド②
「なんて力……」
アリアとして生まれて十八年、その前世の佐々木千尋として二十六年、暴力とはお芝居やスマホの中でだけ起きることだった。
片足をつっかえ棒のように後ろに伸ばし、なんとか後退は止める。だが、依然として怪獣の常識知らずの強力は私の機体にのしかかってくる。
「ぐ……く……」
ロボットの足が石畳を砕きその下の砂利に埋まっていく。
不意にシャークヘッドが巨大な口を開いた。
びっしりと生えた鋭い歯。怪獣の頭と比較すると決して大きくは見えないが、それでも一本一本が人の上半身くらいのサイズだ。
『いけない、距離を取って!』
ニーファが叫ぶが、圧倒的な力で押さえ込まれているため動けない。
巨大魔獣はグランドレスの左肩に噛みつき、牙を深く突き刺した。
「いやぁあああああっ!!」
引き裂かれたような苦痛が私の左肩に伝わる。
フィードバックシステムだ。グランドレスの適正搭乗者は念じるだけで機体を動かすことができ、敵との距離や殴ったりつかんだりした感触を己のものとして感じられる。
だがその代償に、機体の損傷を自身の痛みとして感じてしまう。
なぜ私はこんなことを知っているのだろう。
その疑問も肩にガラス片をいくつも食い込ませられたような鋭利な痛みで吹き飛ぶ。
「ぐぎぎ、ぐぁあああっ!!」
『落ち着いて、それは本物の傷ではありません』
オペレーターが遠いところから声を出している。そんなことは分かっている。だが、伯爵令嬢としての人生は、痛みとは無縁だったのだ。ましてやこんな、体を引き裂かれるような激痛とは。
痛みに負け、機体が片膝をつく。
『あなたが抵抗しなければアリアさん自身はもちろん、パーティーにいた人間もみな殺されてしまうのですよ。拳でも足でも、とにかく攻撃を出して』
オペレーターが続ける。
そうか、パーティーで私が婚約破棄されたことは司令室には伝わっていないのだ。そうでなければこんなことを言うはずない。
私が注意を振ったからか、ガリアとミンのおびえた顔がアップになる。普段ならいい気味だと思うかもしれないが、今はそんな余裕もない。
私が負ければ彼らは死に、王都はこの魔獣に蹂躙されるだろう。
だがそう思っても、ほんのついさっきまで一介の令嬢だった自分には戦うための力など湧いてこない。
『しっかりしなさい、アリア・サファリナ!』
ニーファの顔がアップになる。
『極悪令嬢と言われていたのでしょう。あなたが強気に出られるのはメイドや傘下の貴族だけなの? 多少痛いからって何? ちょっとは根性見せなさい!!』
「……ふっ。下級貴族の分際でずいぶんな口を効くじゃない」
『あら、お気に召さなかったですか?』
「気に入ったわ。怒りで頭が真っ赤になるくらいね」
依然として肩は痛むが、大きく息を吸い込む。
そうだ、私はサファリナ伯爵の娘、アリア・サファリナ。この高貴な私に牙をむいた不細工なケダモノは、今ここで殺す。
「ううぅおおおおおおおおおおおお!!」
気合いとともにグランドレスを動かす。
グシャアッ!
グランドレスのオレンジの手と黒い指が動き、シャークヘッドの両腕を握りつぶした。飛び散る黒い血に混じって白い骨が指の間見える。
「ギィヤゴォオオオオオオオオ!」
肩からアゴを離して巨大魔獣が絶叫した。
敵との間に距離ができた。
私は立ち上がるとそのまま両手を宙で組み、シャークヘッドの頭に鉄槌を落とした。
名前の由来になったシュモクザメの頭が大きくへこみ、情けない声を出しながら化け物はたたらを踏んで後ろに下がった。
感嘆の声が足下から聞こえてくる。
「まだまだぁ!」
殴りかかろうと大きく腕を振りかぶるとするグランドレスを見て、シャークヘッドはへこんだ頭の残った部分ではっきりと笑った。
ブォンッ!
風切り音とともに巨大魔獣の長く太い尾がグランドレスの胴に巻き付いた。
「こんなもの…………っ!」
動こうとすればするほど、尾は鎖のようにきつく締め上げてくる。
「ぐ、ぐ、ぐ……」
『!! まずい。アリア様、対ショック』
「え? うわあああああああああっ!!」
シャークヘッドは私に背を向けるように体を動かし、強靱な尾でグランドレスを吊り上げた。
身体が浮き上がったと思ったら、すぐに地面が迫る。
「ごっはっ……!」
複数の民家の上に機体が叩きつけられた。衝撃で息が止まり、目がチカチカする。
プァーオゥ! プァーオゥ!
コクピットが赤く光り、グランドレスの駆動チューナーの異常を知らせる。
『魔光石の充電もわずかです、至急尾を振り払って魔獣を倒さないと、グランドレスが停止してしまいます』
「そんなこと、言ったって」
シャークヘッドの尾は依然としてきつく締まっている。
「何か、何かないの」
ロボットの頭を左右に振って助けになるモノがないか探す。
不意に湾曲モニターのレーダーに黄色くマーキングされるものが映った。
あれは……。
「ねえ、ニーナさん。国王陛下はそちらにいらっしゃるのよね」
『え、ええ……』
「ちょっとマイクを代わっていただけません?」
『それは──』
『構わん。なんだ?』
やすりがけされたような国王の声が割って入った。
「あら陛下、ご機嫌うるわしゅう。無粋なことに早速本題に入らなくてはならないのですが、あちらの時計塔……壊してしまってもよろしくて?』
『……なるほど。許可しよう』
淑女にあるまじきことだが、私は歯を見せて笑った。
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