第2話 シャークヘッド①
オレンジと黒を基調にした流線型のボディ。ロボットは魔獣の突きだした右手を左手で押さえていた。
グイィィィンッ。
モーターが駆動する音とともにロボットは右の掌底を魔獣に繰り出した。怪獣の足音のさらに何倍も大きい地響きとともに、巨大な魔獣は仰向けに倒れた。
ロボットはこちらを振り返った。見上げていくと、顔に当たる部分からは斜め上に一本の角が生えている。
ロボットは片膝を突きしゃがむと、左手を私の足下に差し出した。
「の、乗れって言ってるの?」
私の問いかけに、ロボットは胸部を開いて答えた。コクピットとおぼしき場所に照明が灯される。
「で、でも、私ロボットの運転の仕方なんて……。前世の免許もオートマだったし」
しかもペーパードライバーだった。いや、そうでなくても私がロボットに乗る?
それはつまりあの巨大魔獣と戦えってこと? そんなの絶対無理に──
そう思ったとき、背後の貴族会館からザーというノイズが聞こえた。ノイズはすぐに消え、周囲に響きわたる声に切り替わった。
『その手に乗るんだ、アリア』
「こ、国王陛下!?」
間違いない。伯爵令嬢として何度か国王主催の式やパーティーに参列したことがある。ヤスリがかかったような重苦しい声は忘れようとしても忘れられるものではない。
魔光スピーカーから聞こえる声は言葉を続ける。
『その機体の名は、グランドレス。巨大魔獣を倒すために作られた我が国の機動重鎧だ。グランドレスは君にしか動かすことができない。乗るんだ、アリア。その機体に乗り、王都を、この国を、世界を救え!』
身体に流れる貴族の血が、国のために戦えと言う国王の命令を拒否できなかった。
つばを飲み込むと、ひねった足をかばいながらおそるおそるロボット、グランドレスの手に乗る。
グランドレスは卵でも持つかのように優しく黒い金属製の指を閉じると、自身の胸元へ運んだ。
高い。
民家の屋根よりも上に運ばれ、スカートがはためく。幸いにしてコクピットは掴みやすい安全棒があったため、簡単に乗り込むことが出来た。
シャコッという音とともに二重隔壁が閉まる。
ロボットの運転席は広いとは言い難かった。足は伸ばせないし、天井は座ってようやくゆとりができる程度。前面には魔光モニターが湾曲して設置されており、避難している人々が映されていた。何の気なしにモニターを見ていると、驚いた顔で何かを怒鳴っているガリア王太子と、その隣で不安そうにしているミンの顔がアップになる。
頭を降って映像を戻す。
コクピットの中はシンプルだ。座席とモニターのほかは、左右の手それぞれが持てる操縦バーがあるだけ。グランドレスは私の思考が動かす。
なぜそんなことを知っているのだろう。
でも、私はこの機体の起動キーを知っている。
両手のバーをしっかりと握りしめ、それを唱える。
「グランドレス、起動! アリア・サファリナ、エンゲージ」
駆動音とともにグランドレスが立ち上がった。その目に光が宿る。
つい先ほど婚約を破棄された私が乗るロボットの起動キーがエンゲージ(婚約)とは、なんて皮肉なんだろう。
「まずは、魔獣の方を振り返る」
ぶつぶつ言いながら機体を操作する。ところが──
グインッ!
グランドレスの上半身だけが回り、取り残された下半身がもつれてしまった。
「わっ、わっ、わっ!」
避難していた貴族たちの真上に倒れ込みそうになるのを、貴族会館に手をついてギリギリ抑える。
危なかった。王族含む貴族たちをブチっとつぶしてしまったら、いかに伯爵令嬢たる私であっても極刑は免れないだろうし、サファリナ家はおとりつぶしだろう。
『アリアさん、落ち着いて。まずは下半身から動かしてください』
不意に声がした。モニターの左上に窓が開き、軍服を着た美しい銀髪の女がこちらを見ている。
『ドレスオペレーターのニーファです』
見覚えがある。確か……。
「王立騎士団の副団長さん、でしたっけ? 夜会で何度かお会いしたかと」
『お見知りいただき恐悦でございます。本来であればかしこまった挨拶をしたいところでありますが、今は時が時。落ち着いてゆっくりと、グランドレスの機体を暫定的にシャークヘッドと呼んでおります巨大魔獣に向けてください』
まずは下半身から、ついで上半身を時計塔の方へ向ける。
シャークヘッドもすでに立ち上がり、私の方を見ていた。細かい牙がびっしりと生えた顎を残忍に開いている。
「グルォォォオオオオオオオ!!」
怪獣は地響きとともに突進してきた。
「えーっと、えーっと、えーっと……き、来なさい!」
両サイドのバーをガチャガチャと動かして、とにかくロボットを仁王立ちさせると両手を突きだして構えた。
鋭いツメを振り下ろそうとしている巨大魔獣の腕を捕まえる。
石畳に足の跡をつけてグランドレスがずるずると後退した。
「なんて力……」
アリアとして生まれて十八年、その前世の佐々木千尋として二十六年、直接的な暴力とはお芝居やスマホの中でだけ起きることだった。
片足をつっかえ棒のように後ろに伸ばし、なんとか後退は止める。だが、依然として怪獣の常識知らずの力は私の機体にのしかかってくる。
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